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いとこんにゃく
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誰が為にケモノ泣く。Episode02『手のひらに希望を』

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5,その悲しみを受け止めること



 アリシアからケモノ捕獲の一報をもらった周防は、そのケモノの飼い主である少女―由良鼎に会うために車を走らせていた。助手席には、どういうわけか同行を申し出た梶が、ちゃっかり座っている。
「…常に覚悟していることとはいえ、ケモノ持ちが出るとやっぱりつらいな。どうにかして未然に防げる方法はないかって毎回考えるんだけど…そんなものがあればアリシアや、八君たちが苦労するわけないんだよな」
「神サマにしかできないですね。そんな所業」
 苦い表情をする周防に対して梶はきっぱりと答える。周防は梶の顔をちらりと伺い、視線を前方に戻しながら、
「梶ちゃんは、八君がきっかけでケモノ持ちの存在を知ったわけだけど、その後も積極的にオレたちに協力してくれてるだろ。なにか、思惑がある?」
 純粋な興味で訊いたのだろう、周防の声はどこか期待するような響きがあった。
 梶は、夜闇に煌めく街の乱雑なイルミネーションを窓越しに眺めながら、
「――ケモノ持ちに興味があるんです。もちろん、アリシアや周防さんたちの”仕事”にも。そして、今のボクはそれに関わりたいって思ってる。それが理由かな」
「そりゃ、有望な後輩ができるって期待してもいい?」
「むしろ、推薦していただけると嬉しいんですけど」
 苦笑する梶に、周防は大丈夫と親指を突き立てた。
「キミの情報収集能力はアリシアも買っているし、オレも認める。仲間が増えることは大歓迎さ。人手不足なのが現状だしね」
 二人の乗る車は緋武呂市の北部にある下境《しもさかい》市に入った。夜の国道は車の姿もまばらで、前方に車はなく、稀に反対車線の車とすれ違う程度に空いていた。
 前方に見える信号機が青から黄色に変わる。周防はブレーキを踏んだ。信号は、黄色から赤に変わった。
 見慣れた信号機。普段はなんの気もなしにその表示どおりに行動するのが習慣づいているせいか特にその機能に注目などしていなかったが、今の自分を取り巻く緊迫した状況がそうさせたのか、梶はふと思うところがあった。
「…あの、周防さん。ケモノってなぜ生まれるのか考えたことあります?」
 唐突な、梶の呟くような問いに周防は目を瞬《またた》かせた。
「それは…ケモノが発顕《はつげん》する意味、ってこと?ケモノは人の心が負った【疵】が変化したものって説だよね。本来なら発症者が耐えるはずの痛みを拒絶され、その痛みを他の誰かに与えることで解消するのがケモノの行動原理って考えられている。そういう点では、発症者の”身代わり”を求めているのかな」
「…ケモノは、自分の心の状態を誰かに知って欲しい、誰かに助けを求めるための無意識の主張って考え――変ですかね」
 周防はしばし考え、そして「なるほど」と頷いた。
「いや、変な考えではないと思うよ。そういう捉え方は、気付かなかったな。的外れでもないと思う。実際、ケモノ持ちは一人では背負いきれない痛みに耐えて、心のどこかで助けを求めているはずだ。…主張しなければ、いくらそばにいたって他人はそう簡単に気付けないからね…」
 しきりに梶の意見に感心する周防だったが、ふと悔しげな表情が垣間見えたのは気のせいだろうか。だが、梶がそれを確認する前に、車は目的の一軒家の前で停車した。
「おや、外に人がいるね」
 運転席の窓から玄関を覗いた周防が、開きっぱなしの扉の前で話し込む数人の男女の姿を見つけ、怪訝な顔をした。
 皆総じて深刻な表情を浮かべ、何かを相談しているようだった。
「――行こうか」
 周防と梶、ともに同じ不安を感じていた。
「夜分遅くにすみません」周防は、小走りに近づくと躊躇うことなく声をかけた。
 彼らは、驚いた様子で周防たちを振り返り、そして不審そうに二人を見つめた。その中で一番若いと思われる中年の女が「…どなた?」と口を開いた。
 周防は、上着のポケットから名刺を取り出すと、それを女に差し出しつつ口早に用件を告げた。
「詳しい話は後程改めて。由良鼎さんはこちらに身を寄せてらっしゃいますね?会わせていただきたいのですが」
 えっ、と女が困惑した表情を浮かべる。女は夫と思われる男性に向き直ると、男は妻を庇うように前に出た。そして、手渡された名刺と制服姿のままの梶を交互に見比べて、やがて梶の方を向いて、
「…君は、鼎の友達か?」と訊いた。
 梶はとっさに頷いた。
「はい。由良さんとは今朝、電話で会う約束をしてました。…もしかして、いないんですか?」
「…」
 夫婦は互いの顔を見つめ、そして苦汁を飲むかのように、こう言った。
「鼎は――」


  □■□■


「そんなッ。由良が姿を消した?」
 一弥は、思わず声を上げていた。
 携帯電話の向こう側で、梶が短い息をつくのが聞こえてきた。由良の元に向かっていた周防たちから思わぬ知らせが入ったのだ。
 それは、由良の失踪だった。由良を引き取っていた親戚の話によると今朝、夫妻が共に出勤するまでは家にいたらしいが、妻が帰宅するとすでに由良は部屋にはいなかったとのことだ。心当たりを探し回ってみたが見つからず、警察に捜索願いを出すべきか相談していたところだったらしい。
「ふむ…」
 アリシアはひとまず警察に連絡をされる前に事態を知ることができて安堵した。警察が動けば、由良に近づくことが難しくなるからだ。だが、由良の行方が掴めない限り安易に動くことはできなかった。ケモノを捕らえても、その主がいなければ解決したことにはならないのだ。
「…クソッ。もっと早く気付いていれば」
「後悔しても事態は変わらないわ、一弥」
 携帯電話を手に愕然と立ち尽くす一弥を、アリシアは冷静に宥《なだ》めた。一弥は事態を把握しているにも関わらずちっとも動こうとしないアリシアに強い苛立ちを感じた。
「なに呑気なこと言ってるんだよ、アリシア。なんであんたはそんなに落ち着いていられる?由良は、きっとどこかで一人で苦しんでいる。早く、助けに行ってやらないと――」
「黙りなさい」
 アリシアは怒気を含んだ声で一弥を一喝した。アリシアの手が一弥のネクタイをぐい、と引っ張る。絶句する一弥をアリシアはじっと見据えて、
「これはアタシの仕事。指揮権はアタシにある。電話を貸して」
 アリシアは一弥から携帯電話を受け取ると、向こうも梶から周防に変わったのか手短に、かつ的確な言葉が電話を介して交わされていった。
「…」
 一弥は悔しそうに唇を噛んだ。
「――樹。由良鼎の所持品が残っているか彼女がいた部屋を調べてちょうだい。もし残っているのなら、衝動的に出ていった可能性が高いわ。午前中に出ていったとしたら……かなり遠くまで行けるわね。あと彼らから由良鼎が訪れそうな場所を再度確認して。見落としがあるかもしれないわ」
 そこまで言ってアリシアは携帯電話を下ろすと、ふっと息を吐いた。そして、自分を見つめる一弥に向き直る。
「…由良鼎は必ず助けるわ。けど、あてもなく探したって、人は見つからないのよ。
 ……今の彼女の心理状態を想像するの。彼女が何を想い、なにを求めているのか」
「何を想い、なにを求めているのか……」
 一弥は模索するようにアリシアの言葉を反芻した。