アイラブ桐生 第二部 20~22
百合絵は、アパートを出た時から
そんなことばかりを(一人ごとのように)つぶやいていました。
山の手線に乗り換えてからは、ひと駅停まるたびに
目的の東京駅が近づきます。
そのたびに百合絵は、不機嫌ぶりをますます露骨に見せ始めます。
東京駅に着き、寝台特急のプラットホームへすすむ
階段の下へ到着したところで、
我慢ができずに、ついに百合絵が立ち止まってしまいました。
右腕を、強い力でつかまれました。
そのまま身体を預けてきた百合絵に、
身体ごと強く押され、あっというまに
二人はもつれあったまま、通路の壁に張り付いてしまいました。
「5分だけ、こうしてても良い・・・・」
私の胸に頭をうずめた百合絵は、そのまま動かなくなってしまいます。
ようやくこちらも体勢を立て直し、
正面から百合絵を受け止める形が整いました。
背中へ両腕をまわして、しっかり抱きとめる体勢になると、
ほっとした百合絵が、全身の力を抜きはじめます。
多くの人たちの目線を感じながらも、百合絵の温かい吐息を
胸にしっかりと受け止めて、時間と人びとの流れをやりすごしました。
「あリがとう群馬。もう行こうか、
美恵子や優子が心配して待ってるから。」
ようやく気が済んだのか・・・・
それから10分ほど経ってから、
百合絵が自分に言い聞かせるようにつぶやき、
ゆっくりと身体を離しました。
美恵子と優子はすでに、ホームで待機中していました。
寝台特急「富士」号の東京駅出発は、
30分後に迫った、18時40分です。
九州の東海岸線を南下する日豊線経由で、
終着の西鹿児島駅への到着は、翌日の19時35分です。
総延長1574㎞を24時間以上もかけて走る、日本最長の寝台列車です。
「ねぇ・・・・遅かったじゃぁない? 」優子は百合絵にすり寄ります。
「え?まだ30分も前でしょう。時間はたっぷりあるはず・・だけど」
「またぁ、とぼけて・・」
百合絵のまわりを一周しながら、「なんか別人の匂いがする・・」。
見かねて、優子がやってきました。
「いじめない、いじめない。
群馬は極めて神士だもの、やましいことなんかしないわよ。
すこしだけ、二人でお別れを惜しんだだけのことなのよ、
たぶん。ねぇ・・・・百合絵 」
「まぁ、そんなところかなぁ」
百合絵はもう、それほど動じません。
寝台特急の「富士」号が雄姿を見せて、ホームへ入線をしてきました。
待ちかまえていた人々で、ホームが瞬時にざわつきます。
乗車券片手に荷物を持った人たちがそれぞれに立ち上がります。
多くの視線がやがて乗客となる富士号の、きわめてゆっくりとした
その停車の様子を、固唾を呑んで見守り続けます。
作品名:アイラブ桐生 第二部 20~22 作家名:落合順平