アイラブ桐生 第二部 20~22
私たちが予約したB寝台は3段ベッド仕様です。
一番下のベッドが座席替わりとなり、これを3人掛けで使用します。
中段のベッドは座った頭の位置で畳み込まれていました。
このまま就寝時間までは邪魔にならないように、
上手に収納をされています。
とりあえず座席の下に荷物を置いて、
再び、百合絵が立ちつくしているホームへ舞い戻りました。
「これでもう、ほんとに、お別れね 」
うついたままの百合絵の目は、もうすでに涙ぐんでいました。
正直、もう東京に戻るつもりはありません
自分の身体のどこかで、すでに拒絶反応も出ています。
やはり私も、都会では暮らせないという人間の一人のようです。
人一倍、さびしがり屋のくせに、
どこかで人見知りするところもあります。
「大都会で暮らすためには、
私の神経のどこかを麻痺させる必要がある。
全部それこそ感度を良くしたままにしていたら、
とても私がもたないもの。
ここは、いつだって自己防衛で四苦八苦をする町だもの、
緊張の毎日ばかりで、私の心が、もう持たないわ・・・・
大学が終わったら、やっぱり暮らし慣れた、田舎へ帰る」
昨夜、しんみりと語っていた百合絵の言葉です。
いつのまにか、私たちはぴったりと身体を寄り添い合っていました。
ガラス越しに此方を振り返った優子が小さく手を振ると
また背中を見せ、荷物の整理をするそぶりなどを見せてくれています。
「どこで暮らして生きていくかなんて、そんなことは誰にも分からない。
それを見つけるために旅に出てきた。
しかし、いまだに自分の本当の居場所が見えてこない。
百合絵くらいに、絵を描く才能があれば別だけど、
余り才能が無いもんなぁ・・・・俺には」
思わず、本音がこぼれます。
「うん、あんたはデッサンが、本当に下手だもの。
でも、あたしよりもましなものを、いくつもいっぱいもっている。
あたしは、ちっちゃいころから画を書くことだけが好きな少女だった。
いつまでたってもろくな友達もできなかった。
中学も高校も、もしかしたら大学までも、
一人ぽっちのままかもしれないって、そう覚悟もしてきたの。
幸いなことに、今は優子や美恵子がいるけどね
それに・・・・・・」
と言いかけたところで、百合絵が後の言葉をのみこみました。
列車の窓際に居る優子と美恵子の視線をさけるようにして、
くるりと背中を向けました。
柱の影に回り込んだ百合絵が、小さな声でつぶやきます。
「たったの半年だったけど、
私はあんたと知り合えて楽しかった。
画にのめりこむことも大好きだけど、
人を好きになるのは、
もっと素晴らしいことだっていうことが心底分かりました。
感謝しています。
へたくそなあんたの絵だけど、
あんたの絵にはわたしに無いのものがある。
あんたはいつでも、どんな時でもみんなの中に溶け込んでいるし、
私の中にも入ってきた。
私は生まれて初めてそういう人と出会ったの。
大学の勉強が終わったら、私は胸を張って田舎へ帰ります。
いい恋してきたぞ~
片思いだったけど、とってもいい恋をしてきたぞ~って・・・
胸を張って、自信を持って田舎に帰ります。
次に好きになる人のために、
百合絵は、もっといい女に生まれ変わります。
・・・・あんたに誓う。
優しい気持ちを私にありがとう。
この宝物を抱いて、百合絵は絶対に、
いい女に生まれ変わってみせるから・・・・」
ありがとう・・
そう言いいながら百合絵が、
ついに私の胸の中で本気で泣き始めてしまいました。
ベルが鳴るまで・・・・ベルが鳴るまでといいながら。
言うべき言葉はなにも見つからず、
私は、由梨絵の細い肩だけをしっかりと抱きしめました。
やがて発車のベルが鳴り響き、人影がすっかりと消えてしまったホームで
私は、百合絵の温かくてとても柔らかいその唇に、
初めて触れていました。
作品名:アイラブ桐生 第二部 20~22 作家名:落合順平