アイラブ桐生 第二部 20~22
「踊ろう。」
肩に手を置いて、百合絵が立ち上がりました。
「大丈夫なの?」と声をかけると
「東京で、最後の夜だもの。
どうせもう、あんたは此処に帰ってこないでしょう。
このまま別れてしまったら、私の心が明日になったら悲鳴を上げる・・・
踊ろう、群馬。」
階段から振り返った百合絵の顔は、暗闇の中でもまっ白に見えました。
『帰ってこないでしょう』と、そう言われた瞬間に、
たぶん、それだけは事実になると自分でも確信をしました。
最初から、バイトしながら南を目指す旅でした。
その旅の中から、中途半端になってしまっている自分の夢を
探しだすつもりでいるのです。
東京はそのためのただの出発点で、戻ってくるべき理由は
なにひとつないと言うのが本音です。
最初の旅の目的地は、
72年に施政権返還が決まった占領地の沖縄です。
そう決めた瞬間からは、すでに東京は『通過するだけ』の
過去の街になりました。
百合絵のよくくびれている腰に、先日教えられたようにように手を回します。
「今日は、そこじゃない。」、百合絵の細くしなやかな指が伸びて来て、
そのままチークダンスの時のように、自分の肩に導びきます。
「前と、違うよ。」とささやけば・・・
「そう?。
ならいいのよ、私が嫌いならもっと離れて頂戴。
でもそれは、もしも、今度会えた時のためにだけ大事に
とっておいてください。
お願いだから今夜だけは、私のわがままを聴いて。
今夜は、こうして貴方と、密着をしていたいの。
・・・迷惑?。」
耳もとで百合絵が甘えた声でささやきました。
なんにも答えずに、あえて押し黙ったまま、
百合絵と繋がれていた左手を離すと
そのままくびれた腰を引き寄せて、あえて指先にも強い力をこめました。
口ほどにもなく、百合絵の背筋はピクリと
拒絶するような反応を見せました。
頬を染めた百合絵は、躊躇と共にその目線も伏せてしまいます。
やがて意を決したのか・・・
私の腰にまわしていた両腕を一度に解き離すと、
あげた目線と一緒に、首へ抱きつくように両手をまわしこみ、
頬が触れ合うところまで百合絵の顔が近づいてきました。
その曲が終わったその直後に、
ステージに歩み寄った女性が、何やら守に言葉をかけています。
曲のリクエストでした。
守が後ろを振り返り、バンドに指示を出します。
今度は一転して静かな旋律が流れ始めました。
りクエストに応えてホールに流れ始めた歌声は、
少し古い時代の歌謡曲です。
「私も、リクエストしょうかな・・」
顔をうずめたまま静かに寄り添っていた百合絵が、
胸の中でつぶやきました。
くるりとターンをした後、その曲が丁度終りになりました。
「頼めば、」と、そう言った瞬間には、もうすでに
百合絵が片手をあげていました。
歌いながら二人の踊る姿を目で追いかけていた守が、
すかさずの反応をみせます。
「はい。
そこのチャーミングなお嬢さん。
よろこんで、次の曲へのリクエストを頂戴いたします。
明日は旅立つ人へ、変わらぬ気持ちこの1曲にをこめて・・・
大好きな人へ、今夜の記念と思い出のために、
今夜は私が、あなたの気持を代弁いたしましょう!
さァさぁお嬢さん、リクエストをどうぞ!」
頬を上気させた百合絵が舞台に駆け寄りました。
手招きして守を呼び寄せ、、中腰になった耳へ何かをささやきます。
嬉しそうに顔あげ身体をおこした守がバンドを振りむくと、
軽快に指を鳴らし始めます。
すこしアップテンポの曲でした。
賠償千恵子だ。
『さようならはダンスの後で』・・・
ホール内に軽いどよめきが広がりました。
しかし守の歌声が響き始めるころには、
もうあちこちで軽快なステップが踏まれるようななりました。
今までスローな曲ばかり流れていた床に、軽快な靴音がひびきはじめます。
すこし長めの余韻をひいて、最後の旋律が響く中、
踊り終えたカップルからの拍手が、
ホールのあちこちから湧きあがりました。
汗ばんで踊り終えた百合絵が、
瞳をキラキラさせながら指を一本立てました。
隣に並んでいたカップルも、同じように指を一本立てました。
そのとなりの中高年は、もっと大きく、
両手を広げ指を天井に向かって一本を突きたてました。
守も片目をつぶり、にっこりと笑うと、
指を一本、百合絵に向かって突き立てました。
ワンスモァだ。!
嬉しそうな百合絵が、また一目散に私の胸に飛び込んできました。
隣もその隣も、またその隣も、
そんな百合絵に優しい頬笑みをプレゼントしてから
ぐるりと、二人が踊るための空間を開けてくれました。
耳慣れた、たった今聞いたばかりのイントロが、
また軽快な靴音と共に、ホールいっぱいに響き始めました。
眠れない夜になりそうです・・・
作品名:アイラブ桐生 第二部 20~22 作家名:落合順平