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アイラブ桐生 第二部 20~22

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 「踊りに、行きたいなぁ・・・」

 しばらく経ってから、ぽつんと百合絵がささやきました。

 かまわないが何処がいいと聞くと、同級生の歌が聴きたいと応えます。
距離があるので、すこし歩くけど大丈夫かいと聞きなおすと、
酔いざましだ・・・とふらりと立ち上がり、
上がり口で自分の靴を探しています。
本人が言っている以上に千鳥足です。
めずらしく酔いすぎている百合絵に肩を貸しながら、
ゆっくりと、例の古ぼけた路地裏を目指して歩き始めました。




 今日は平日の早い時間のためか、お店はまだすいていました。
前回に来た時には気がつきませんでしたが、、ステージの斜め向かい側に、
テラス風の小さな中二階が見えました。
バンドと音合わせしていた守が振り返りました。
まだふら付いている百合絵の様子を見ると、
守がだまってその中二階を指さします。



 階段を上がっていくと、ソファと小さなテーブルが置いてあるだけの、
静かな暗闇の空間が待っていました。
そこからホールを見おろしてみると、小じんまりとしたここの空間だけが、
誰にも邪魔されない秘密空間のような雰囲気を持っていることに、
初めて気がつきました。



 守がウイスキーのボトルとグラスを持ってきて上がってきました。
ここは特別席で、俺専用の秘密の花園だと言って笑います。
1杯だけ水割りを作り、それを一口にあおってから、
じゃあ出番だからと去っていきました。



 百合絵はグラスを持ったまま、
また、私の肩にもたれてまどろみはじめました。
バンドの演奏が始まりました。
ドラムにバンドネオンとピアノ、サックスにギターという
かなり見た目にもシンプルで、
かき集めにすぎないようにも見える楽団です。



 しかし、音は悪くありません。


 丁寧な音の取り方と、使い込んだと思われる楽器の響きには
長年これだけで食ってきた男たち特有の『魂』を感じさせてくれます。
稼ぎが少なくなった演奏家たちが、生き残りのためにこんな場末に来てまでも、
まだ、しっかりと誇りを持って演奏に専念している・・
そんな意気込みを充分に感じさせてくれる、見事な楽器と音の競演です。



 薄暗いホールで踊るカップルの数が増えてきました。
守の歌も悪くありません
歌声自体もまた、楽器のひとつだと思わせるほど、
伴奏と息をあわせながら、きれいに調和させていく歌い方には
とてもここちのよい響きがありました。