アイラブ桐生 第二部 20~22
それにしても、
あらためて百合絵との一部始終が甦ってきました。
優子や恵美子の話を総合すれば、なんとなく頷けるような場面と、
いくつかの百合絵の躊躇の様子が思い出されてきました。
発車間際の告白は、精いっぱいの百合絵の本音でした。
しかしもうその百合絵とは、二度と再び会えないだろう、とも思えます。
百合絵の哀しそうだった昨日と今日の眼差しが、陽が落ちた景色の彼方に、
なぜか鮮明に浮かび上がってきました。
(きっとこんな気分のことを、人は感傷と呼ぶんだろうな・・・・)
発車して2時間もたったころに、車内アナウンスが流れます。
やがて二人の係員が車両に姿を見せて、
手際良く、寝台列車への模様変えをはじました。
追いだされた私たちは、通路側の大きな窓へ背中を押しつけたまま
横に並びます。
係員が3段ベッドの寝台特急へ作り替えていく、
手際のよい作業の様子をただ、ぼんやりと眺めていました。
さっきまで座って談笑していた場所が、最下段のベッドに変わります。
頭の位置にあったソファを手前側に引き落とすと、
軽く揺れた後、中段となる二段目のベッドがあらわれました。
立ちあがった頭の位置よりも、はるか上方の位置にある最上段は、
列車の構造物として、最初から設置がされています。
昇降用の梯子が、取り付けられます。
ひと枠ごとにそれぞれのカーテンが張りめぐらされると、
寝台特急のB寝台、3段ベッドが完成をします。
時間を見計らったように若いカップルが戻ってきました。
中段のベッドへ、荷物のすべてを乱暴に投げ込んでいます。
どうするつもりだろうと興味を持って眺めていると、一番下のベッドへ
女性がまず、最初に潜り込みました。
やがてパジャマに着替えた男性も、するりと滑り込んでいきました。
呆気にとられている我々を尻目に、最下段のカーテンが
乱暴に、かつまた、しっかりと閉ざされました。
そのカーテン越しにまた、低いひそひそ話の声だけが漏れてきます。
不満顔で睨んでいる優子と恵美子をなだめながら、
われわれも出来上がったベッドに、それぞれ潜り込むことになりました。
私は寝相が悪いから、一番下に寝たいという優子にまず下段を譲ります。
じゃぁ、中段には、「かよわい私が」と言って
恵美子が中段に潜り込んだ瞬間、
「ねぇ、これでは、
お座りもできないわ・・どうしましょう。」
いきなり半ベソをかきはじめます。
中を覗き込んで見ると横幅は、50センチほどの幅が有り、
横になるのには充分なように見えました。
しかし上下の間隔があまりありません。
確かにこれでは、背筋を伸ばして正座をすると
上のベッドに頭が当たります。
いくら小柄な恵美子といえども、ベッドの上での正座は辛いようです。
「じゃあ、上にする?」と、最上段を指させば、
「うん」と答えた恵美子が、ピンクのパジャマを抱えて梯子段を上ります。
パジャマには、(少女趣味ともいえる)可愛い花が沢山咲き乱れています。
美恵子を見送りながら思わず微笑んでしまいました。
「あれ、それってずいぶんと可愛い花がらだ。
もしかして自分で書いたのかい?」笑いながら、恵美子を見上げていると、
足元から、カーテンを開けて優子がひょっこりと顔を出しました。
「私だって負けていないわ。
ほら、群馬、遠慮しないで・・・・見て御覧。、
とっても、透け透けのネグリジェよ。
誰が見ても、刺激的な新妻の姿そのものだわ。
ねぇ見てよ・・・・ほれ、群馬、見て、見て、見て頂戴」
そう笑いながら、優子の目と指が前方を指さしています。
向かい側のベッドでは、相変らず低い声で、ボソボソとしゃべる
カップルたちの、怪しそうな気配だけがいまだに漂い続けていました。
「悪い冗談はよせ、」
軽く優子をたしなめてから、
私も着替えるために、真ん中のベッドにもぐり込みました。
今度は真上から声がします。
「ねぇ群馬。
私の頭の上にある天井は、すごく高い位置にあるの。
でもね、足元のほうは、膝を立てると天井に当たりそうなほど低いのよ。
これって、あたしの足が長すぎるということかしら?
それとも、天井の形に沿って窓側はただ低いということなのかしら?
どうする、群馬。
覗きに来てみる? もう一人の新婦の部屋へ・・」
上にも下にも、もういい加減に寝ろと声をかけて、
とりあえず、目をつぶってしまいました。
こちら側のベッドでも、上下のひそひそ話は
深夜おそくまで続いていました。
(本当に女とは、おしゃべりな生きものです・・)
作品名:アイラブ桐生 第二部 20~22 作家名:落合順平