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「お、おこう殿、それがしはもう、我慢でき申さぬ!」
 西村は着物の前をはだけた。それを見たおこうはフッと微笑むと、流し目で転がった茶碗を見つめた。
「私なら、いいんでございますよ……」
 西村はおこうにそのまま覆いかぶさりながら、本能の赴くまま、身体を動かし続けた。西村の額からは玉のような汗が滴っており、おこうの顔を濡らした。
「ああ、おこう殿!」
 西村が接吻を求めてきた。おこうの紅に西村の唇が重なる。西村の動きは幾分早まっていた。
 西村の舌がおこうの唇をこじあけようとしていた。おこうも抵抗はせぬ。蛞蝓のような舌がもつれ、絡み合った。
「ああ、おこう殿、おお」
 西村の舌は耳元から項へと移動する。がっしりとした両腕はしっかりとおこうを抱き締めていた。

 だが、急に西村が動きを止めた。激しい律動を繰り返していた腰も、しっかりと抱き締めていた両腕もダラーンと投げ出し、全体重をおこうに預けていた。
 よく見れば、西村の首の後ろ、盆の窪のあたりに一本の簪が突き刺さっている。おこうの簪だ。 
 おこうは簪を引き抜き、西村をゆっくりと退けると、驚愕したような瞳を開いたままの西村の瞼を、そっと閉じてやった。そして、着物を着ると、しばらく西村の顔を見つめていた。
 おこうはジッと西村の死に顔を見つめる。おこうの顔は決して晴れやかではなかった。目を細めながら、虚ろに西村を見つめている。おこうの口が僅かに開いた。何かを言ったのかもしれぬ。だが、それは聞き取れる言葉ではなかった。
 おこうはそっと扉を開けると、西村の長屋を後にした。

 その翌日、奉行所の中におこうの姿を見ることができる。おこうは跪き、頭を垂れている。その前に与力、坂木一馬がズカズカと足音を立てて現れた。
「おこう、この度は上首尾であったな」
 坂木一馬はにこりともせず、小判を一枚、おこうの前へ投げ付けた。おこうは頭を上げることもなく、その小判に手を伸ばす。坂木一馬からは見えぬが、おこうは下唇を強く噛んでいる。
「島帰りのお前が生きていかれるのも。お奉行様や俺のお陰だと思えよ。ところで、次の浪人の目星はついているのか」
「浅草、源兵衛長屋の佐々木平内でございます……」
作品名: 作家名:栗原 峰幸