キスキス・モー
過去の絶望を思い出す。いやだ……私は……私の落ち度で、この子まで失うの?そんなの耐えられない。イヤ――
滲む視界に、白黒模様が動く。モー……!!
「モー、助け……て。嫌だよぅ、この子……死なせたくないよぅ……」
猫に頼んだところでどうにもできないのは分かっていた。でも私は、涙でぐしゃぐしゃになった顔でモーを見つめ、必死に訴えた。モーは一度首をかしげてから、こちらへ向かって歩いてきた。さっきまでのムスッと顔はしていない。
私は痛みに挫けながらも、ちょっとだけ救われた気がした。モーが、怒ってない。
モーは台所へ入ると方向をかえ、一度私の視界から消えた。と思うとすぐに、くすぐったいものを手の平に感じる。モーが私の手に鼻を擦り付けているのが分かる。カサッ。
「モー……?なに……?」
私のすぐ目の前へまわると苦しむ私をじっと見つめ、見つめ返す視線を確認してから顔にくしゅっと皺を寄せた。
「なぉーーーん」
そして……ペロリ。私の鼻をひと舐めするとくるっとむこうを向き、玄関に向かって歩いていく。
どこに行くの?モー……。駄目だよ、玄関には鍵が――。
力が抜け、目の前が真っ暗になった。あれ?私、このまま死んじゃうのかな?この子の顔も見れないまま……この子に世界を見せることができないまま……?大好きなあの人を……残して――?
真っ暗な中に、写真のスライドショーを見ているように数々の場面が浮かび上がる。あの人と出会ったあの日、初めてのデート、教えてもらったスノーボード、喧嘩したときのあの人の顔、夏祭りでのプロポーズ、結婚式でのはにかんだ顔、初めて子供ができて涙目になった顔、私のお腹に耳を当てたときの長い睫毛――。
なんだ、幸せじゃないか。こうして見ると、愛しい想いばかりが溢れる。普段の自分をとてつもなく愚かに感じた。寂しかったなら言えばよかったじゃない。思い切り話し合って、素直に甘えればよかったじゃない。くだらない意地を張って目を逸らしていたのは、私――。
次に浮かんだのは、モーの姿だった。小さい頃のモー。手のひらにおさまり、まぁるい瞳で私を見上げる。大きくなってからのモーは、拗ねたり甘えたり、色んな表情を見せてくる。
……これ、走馬灯とかいうやつだよね?やっぱりあたし、このまま……?
くしゅっ、なぉーーーん、ペロッ――
薄れゆく意識の中、確かに私はサイレンの音を聞いた。近付いてくる?そんなワケ、ないか……。
もう一度最後のモーの姿を思い出す。二人だけの合言葉。またあたしに言ってくれたね。最後にモーと仲直りができて、よかっ…………