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ただ書く人
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穴をあけたら

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 光はどうだろうか。彼女の部屋の明りが消えている時に、わたしの部屋の明りがついていたら、小さな穴から光が漏れるかもしれない。音は聞こえるようになるのだろうか。彼女の生活の音がわたしに、わたしの生活の音が彼女に聞こえるのだろうか。匂いはどうだろうか。若い女の部屋に特有の甘い香りが、彼女の部屋から穴を抜けて届くことを期待せざるをえない。わたしはその蠱惑的な匂いを想像し、身を震わせた。

 穴を貫通させる最後の作業は彼女の不在時に行わなければならなかった。思いの外音が響いてしまうかもしれないし、彼女の部屋に多少の削りカスが落ちてしまうことも予想できた。わたしは仕事帰りにコンビニエンスストアで彼女の姿を確認できた日に最後の作業を行った。
 そのコンビニエンスストアのアルバイトは二十二時に交替するらしかったので、彼女は早くても二十二時過ぎまで帰ってこないものと思われた。仕事を早めに終わらせたわたしが帰宅したのは二十時前であり、問題なく、誰にも気取られることはなく、その作業を終えた。
 穴が貫通すると、わたしはすぐに鼻を近づけたが、そこからは木材の香りがするのみだった。残念だったが、彼女が帰ってくればまた違うのかもしれない、と思い、わたしは道具を片付け、万全を期して部屋の電気を消してから風呂に入った。
 わたしが風呂から出ると、彼女はすでに帰っているようだった。耳を澄ませばいつもは聞こえない下階のテレビの音がわずかに聞こえた。彼女は明りをつけているはずだが、真っ暗なわたしの部屋に下階からの光は届いていない。これならば問題ないだろうと、わたしは明りつけて冷蔵庫からビールを取り出し、穴の前に座った。
 ビールをひと口飲んで穴に顔を近づけると、先ほどは感じられなかった女の部屋の香りを感じた。もしかしたらあの甘い香りは部屋の香りではなく、若い女そのものが漂わせているものなのかもしれない。それを彼女の体臭と錯覚し、わたしは大いに興奮し陶酔した。

 それからしばらくの間、わたしは毎日彼女の香りを嗅いで過ごした。仕事などで不在にする時は穴の場所にスリッパを置き、帰るとすぐにそのスリッパをどかして彼女を感じた。彼女の香り嗅ぎ、彼女の入浴の音を聞き、時に彼女と同じテレビ番組を見て過ごした。直径数ミリメートルの小さな穴があるだけで、わたしは彼女と生活をともにしているようだった。一度だけ彼女が友人らしき女を部屋に連れてきたことがあったが、その時は上階でわたしもいっしょに乾杯をした。仕事を終えて帰ると自分の部屋に彼女の香りが充満しているようなこともあった。
 しかしそれは長く続かなかった。彼女に穴が見つかったわけでも、わたしが穴を塞いだわけでもない。また、警察の世話になったりマンションの管理会社に注意されたわけでもない。
 ただ飽きてしまったのだ。ひと月も経たないうちに、わたしは彼女との生活に飽きてしまった。
 やがて彼女は大学を卒業し部屋を出ていくだろう。その前にわたしが引っ越しをするのかもしれない。わたしたちは他人のまま共同生活をして、他人のまま別れる。穴はあいたままだ。
作品名:穴をあけたら 作家名:ただ書く人