死んだ方がまし
「確かに物を盗んだ罪はあります。しかし、あなたはそれを悔いる気持ちがあります。また、生前のあなたは非常に辛い人生を歩んでおり、さらにはその両手足を落とされることで、必要以上の罰を受けています。ですから、すぐにでも天国へ行き生まれ変わりの準備をされるべきだと考えました。それに……、大変失礼ですが、正直に申しますとその体でできる労働はこの地獄にはないのです」
地獄ですら必要とされないのか、と末吉は自嘲したが、何もせずに生まれ変われるというのなら願ってもないことだ。
「はい、それなら、お願いします」
「わかりました。では早速」
体が上に引っ張られるような感覚がしたあとで、ふと気づくと末吉はまた先ほどと同じような部屋にいた。違っているのは窓からの明かりが薄い緑色だったことだ。末吉の目の前には、地獄の管理者と同じようなローブを来た小柄な老人がいた。ここは天国でこの老人が天国の管理者か何かなのだろう、と末吉は考えた。
「末吉か。ここが天国であることはわかるか。わしはこの天国の管理者にこの部屋を任されておる面接官だ。おまえのことは地獄の管理者から情報が送られてきておる」老人は末吉を見てすぐに話を始めた。
末吉は、生まれ変われること、不自由な手足から解放されるだろうことを喜んで、浮き浮きした調子で老人に「はい、お願いします」と返答した。
「地獄からの情報だと、おまえは他人の物を盗んだとあるが、間違いないか」
「はい、その通りです」
「ならば残念ながら天国に罪人の居場所はない。生まれ変わりもできん。地獄の管理者も勝手なことをしてくれるわ」
「え。でも。ですが。そう言われて来ましたので」
「わかっておる。だが、わしの立場でこの天国のルールを変えることもできん」
「それなら、どうすればよろしいので」思わぬ展開に戸惑いながら末吉は面接官に尋ねた。
「本来ならばまた地獄に戻すところだがな、そうするといろいろと面倒が出てくる。よって末吉、おまえを生き返らせることにした」
「生き返る……ですか」
「そうだ。またいつか会うこともあるだろう。それ」
再び先ほどと同じように体が引っ張られるような感覚がして、それから末吉は周囲を確認した。そこは林の中で、末吉には覚えがあった。末吉はその場所で袋叩きにされ、手足を切り落とされたのだ。傷はふさがっていたが、やはり末吉に手足はなかった。
「本当に生き返った。けど、これでいったいどうしろと……」
末吉が下草の中をもぞもぞと這って、近くの道まで何とか辿り着くと、ちょうどそこに男が通りがかった。その男に何か手伝ってもらえやしないか、と末吉は声をかけようとしたが、男は末吉の姿を見るやいなや、短い悲鳴を上げて走り去ってしまった。それも仕方のないことだ、と末吉は道を進み始めたが、不自由な体で思うように進むことができない。いっそ転がった方が早いかと横向きに転がってみたが、転がるにも相当な体力が必要で、その上ほとんど進むことができない。
そうして末吉が思案していると、数人の男たちが声を上げて走り寄ってきた。末吉は彼らに見覚えがあった。末吉を何度も殴り、手足を鍬やら鎌やらで切断した男たちだったからだ。
「末吉だ」
「生きていたのか」
「どうやって出てきやがった」
「悪霊だ。悪霊の力だ」
「殺せ」
末吉は男たちに取り囲まれ、首に縄をかけられると、再び林の中に連れ込まれ、彼らの掘った穴に生きたまま放りこまれた。
窓から赤い光が射しこんでいる。また地獄に来たな、と末吉はすぐに判断した。前回と同じように周囲には十人ほどの人間がおり、その向こうに管理者が立っているのが見えた。
管理者は、末吉を見ると目を見開いて驚いた表情を見せたが、その後は淡々と前回と同様の説明を行った。
「末吉さん、これはどういうことでしょうか」他の人間が担当者との面接のために別室に移動すると、それを待ちきれなかったかのように、やや早口に管理者が末吉に問いかけた。
末吉は天国でのこと、生き返ったあとのことを管理者に説明した。
「そうですか。天国への説明が不十分だったのかもしれません。申し訳ありませんでした。もう一度天国に送ります。よろしいですか」
管理者は末吉の返答を待たずに、再び彼を天国に送った。
窓からは薄い緑色の光。末吉は再び天国にやってきた。
「末吉よ、またおまえか」先ほどと同じ面接官が末吉を見てうんざりしたような表情を作った。
末吉は顛末を説明しようとしたが、面接官はそれを止めるように手を開いて出した。
「語らずともよい。今度は生き埋めにされて、また地獄からここに送られたということだな。しかしだ、地獄の管理者がどんな理由をつけようともルールは変わらん。ここにおまえを置くわけにはいかんのだ」
「それならどうすればよろしいので」先ほども同じようなことを言ったな、と思いながら末吉は面接官に尋ねた。
「当然、また生き返らせることにする。今度は死ぬなよ」
それは勘弁してくれ、と末吉が言う前に彼の体はまた引っ張られるような感覚を味わった。
末吉の体は林の中に転がっていた。またここか。ここに戻ってくるのが一番辛いな。地獄でも天国でもいいから置いてくれないものか。人前に出たらまた殺されてしまうかもしれない。さて、どうしようか。空を見上げながら末吉は悩んだ。
末吉がちらりと横を見ると、ふたつの石が積まれ、欠けた茶碗が置かれていた。それは末吉の墓だった。そら、もう死んだことになっているんだ。この世に生き返っても迷惑をかけるだけだろうに。末吉は短くため息をはいた。
「誰かいるのか」ふいに声がした。
また見つかってしまう、と末吉は逃げようとしたが、不自由な体を揺らすことしかできず、かえって体の下にあった木の枝を鳴らしてしまった。その音を聞いて近づいてきた男は末吉の姿を見ると、息を呑み呆然となった。それから故意に大きく呼吸して呟いた。「墓を建てて供養すれば大丈夫じゃなかったのか」
自分に言っているのだろうか、と末吉は思ったが、うまく答えられずにただ黙って顔を背けた。
「やっぱり悪霊は死なないんだ」男は叫ぶように言うと、末吉への供物だったのだろうか、握り飯を放り投げて走り去っていった。
そして再び数人の走り来る音が末吉に聞こえた。
「どうする」
「とにかく殺そう」
「燃やしちまおう」
「そうだ燃やせばもう戻って来られないはずだ」
「燃やそう」
末吉は林の中で燃やされてしまった。
三度目の地獄。仏の顔も三度までと言うが、地獄の場合はどうなんだろうか。早くも見慣れたような気がする赤い光の射しこむ部屋で末吉は考えていた。末吉の体には相変わらず四肢がなく、その上焼けただれて頭髪もなくなっていた。
地獄の管理者が末吉を部屋に残すのも三度目だった。
「末吉さんですね。ひどいお姿になられてしまって。今度はいったいどういうことでしょうか」
末吉が管理者に事情を説明すると、管理者は末吉に近づき肩に手を置いて言った。「今度はわたしも行きます」
天国も三度目だ。こちらはまさしく仏の顔も三度まで、だな。ええい、どうにでもなれ。末吉はもうやけになっていた。