宙ぶらりん
講義が終わり、僕は下田に食堂の席を取っておいてくれと頼んで1人で棟の外へ出た。歩道脇のベンチに座り、久しぶりにアキラの番号を呼び出す。
「もしもーし」
「おっす、久しぶり」
「おぉシノちゃん元気してた? ちゃおすー久しぶりだねん。あのさぁ、こんど手に入ったやつ、これ絶対いい感じよ。まじ俺の中でクリーンヒットのランニングホームランつうか…」
「へぇ、どんななの?」
「なんかねぇ女子高生が出てくるんだけど、その子陸上やってて、槍投げ全国レベルの選手らしいんよ。そらもう男みたいな体してるらしいのね。俺もう見る前から股間のニコタマ爆発しそうだわ」
「そういうの好きだって言ってたね確か」
「いやぁ良いっしょムキムキの女は。ガッシリごついのとか腹筋バキバキだったりすんのとかってさ、あぁいうのって男性ホルモンだろ、要するに。男に近いわけじゃん。やつらと本気で喧嘩したらシノちゃんみたいなモヤシっ子はあっさりマウント取られちゃうよ。でもさ、そんなやつらも服を脱げば普通の女と同じもんが付いてるし、普通の女と同じようにいやらしいことするんだぜ。結局どこまでいっても女なんだよ。それがまじでエロいよなぁ、無条件でエロい。もう俺はポツダム宣言出してやりたいくらいだね。あなた達エロいです降伏します参りましたよあたしゃ」
「ははは、アキラはやっぱり面白いなぁ」
今この瞬間、自身の心の霧が晴れている、と気付いた。やっぱり電話して良かった。
それから数分ほど、百連発花火みたいに無秩序で陽気な彼の話を聞いてから、僕は先程のメールの話題に戻した。
「それでさ、神戸くるの?」
「あ、そうそう。最近まで俺またジハードの方が忙しくってしばらくキリキリマイだったんだけど、ちょっと落ち着いたからシノちゃんの新居行きたいなーって思ったの。だから明日とかさ、行っていい? シモヘイヘ号かっ飛ばして行くぜ!」
「明日か、早いね。でも用事ないし、いいよ」
「いぇーい、シノちゃん話が早いから大好き! そんで今回のジハードの話もまたおもしれぇからさ、明日聞いてくれよ。ほら3年のとき、3組の墨田ってやついたじゃん。あの地味な奴らいっぱい束ねて調子乗ってたバカ。あいつ高校でボクシング始めてたらしくて、ちょっと自信付いたのか今ならイケると思ったのか知らねぇけど、中途半端な連中そろえて俺らに喧嘩売ってきたの。どんだけ頑張ってもあいつが俺に勝てるわけないのにねー。いま墨田のやつをよ、ばあちゃんの畑の使われてない倉庫に閉じ込めて、毎日畑のトマトばっか食わせてやってるわ。かわいそうだから明日くらいには開放してやるけど…」
アキラは僕の幼馴染である。少年アイドルのような幼い顔に、白に近い金色の長髪。このヘアスタイルは中学生の頃から変わらない彼のアイデンティティだ。童顔ゆえに一見では軟弱な印象を持たれやすいが、彼の身長は180cmもあり、横に並ぶと立ちあがったライオンに見降ろされているかのような迫力を受ける。彼の体は全体的に細身だが、体のどの部分に触れても銃弾を拒絶しそうなくらいに固い。おそらく全身の筋繊維がこれ以上は不可能というレベルまできつく引き締められているのだろう。
実家が斜向かいだった僕達は、幼い頃にはコマ付きの自転車で冒険に出かける日々を共に過ごした。2人で仲良く駄菓子を買ったり、花の蜜を吸ったり、同じ女の子を好きになったりしていた僕達は、どこで運命を違えたのだろう、小学校の高学年になる頃には、かたや学年中に敵無しのスクールギャング、かたやドッジボールの大嫌いなはぐれ子羊少年と、それぞれ別のあまり誉められたものではない方向に頭角を現し始めていた。中学に入ると彼は地元の猛者たちを集めてストリートギャング集団『ラマダーンズ』を結成し、対抗勢力との抗争に日々明け暮れた。僕はといえば、部活の仲間と汗を流したり異性と交遊をしたりといった中学生の青春コースを完璧に外れて灰色中学生街道を独走した。そんな中でも2人の交友は不思議と途切れず、僕は彼の親友であるという免罪符を以て、チンピラ予備軍を大量に排出する中学校で平和な日々を過ごすことができた。
中学を卒業して進路が分かれてからも、僕達の交友は少し健全ではない形で続いた。普通、幼馴染と久しぶりに会いたい時には「飯でも食わないか」と言って相手を誘うのが一般的であると思うが、僕達の場合は「良いのが手に入ったから見ようぜ」というアキラの誘いが再会の合図である。そうしたら僕は彼の家に向かい、そこで裏物のアダルトDVDを一緒に見る。というのも、彼の父親(詳しく知らないがおそらく堅気ではない)がアダルトビデオショップを経営しており、その店では常連の客向けに流通ルートの不透明な違法DVDを高値で販売しているそうなのだ。アキラがアルバイトの給料で父親に酒やタバコなどをプレゼントすると(彼ら父子の間ではそれを『上納』と呼ぶらしい)、御褒美に期間限定でその違法DVDの一部を貸してもらえる。その恩恵に僕もあずかっているわけだ。今まで実に様々なジャンルの裏桃色動画を試聴して僕はアンダーグラウンド世界の広大さを思い知った。僕が大学に入ってからはその試聴会は行われていなかったが、今回また彼の気まぐれにより会場を神戸の我が下宿に替えて開催されることとなった。