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宙ぶらりん

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 下田は大学でできた僕の数少ない友人の1人である。出席番号が前後だったため入学直後から何かと接触する機会が多く、また、少人数の語学クラスの中でも僕達2人はとりわけ地味色オーラの排出権をほしいままにしていたので、弾かれ合った両者は傷を癒し合うかのように自然と引き寄せ合った。
 彼は学に勤しむ男だ。サークルにも所属せず、アルバイトもせず、学校にいる以外の時間はほぼ全て本を読むことに充てているらしい。それは政治経済に関する本だったり、ビジネス書であったり、僕にはよく分からない哲学書であったり、様々である。僕も読書は好きなのだがほとんど小説しか読まないので、読書についての話で下田と盛り上がることは滅多にない。
 彼はプライドが高く、自身の理屈で相手の理屈を切り崩すことに対して快感を覚えている節がある。しかしそれでも僕が彼のことを「嫌な奴だ」と言って突き放す気になれないのは、どこか抜けていて要領が悪くおまけに寂しがり屋であるという彼の憎めない性質のためである。なんだかんだと言ってかわいくて愛すべき男であるため、僕も友人関係を続けていられるのだ。

 授業が始まって40分が経過した。前方では小太りの男性教授が「教育と人間形成」について話している。その大義めいたタイトルの講義を聞くことに集中して教授の話に夢中になれれば、下田の言うように「狭い人間関係の悩み」を断ち切れるのではないか。そんな淡い期待を込めて珍しく教授の話に集中してみようと試みたが、すぐに昨日の博美のことが頭にチラついてしまう。何度挑戦しても講義に集中することは不可能だった。ふと下田の方を見ると、彼のレジュメは所々が雑多な走り書きで汚れているが、彼自身は相変わらず文庫本に集中していた。彼の右手は机の上に乗せられ、その指が乱暴にボールペンを回している。
 僕は講義に集中するのを完全に諦め、潔く空想に耽ろうと思った。「博美と彼氏の性生活」という、想像しても自身にとって何の益もないのにどうしても想像せずにはいられない情景を思い描いてマゾヒスティックな感傷に浸りかけた、その時。ズボンのポケットに入れていた携帯のバイブが鳴った。下田が蛇のように神経質な目でこちらを一瞥する。僕は携帯を取り出して開いた。受信メールが1件。

『シノちゃん元気?↑ 久しぶりに良いやつ手に入ったから見ようぜ! これはマヂほんもの☆ てかさぁ、まえから思ってたんだけど、シノちゃんチいきたいから神戸までいっていい?(笑)』

 いかにも偏差値の低そうなその本文は自然と、あの金髪ウルフ男の軟派な声で頭の中に再生された。アキラからのメールである。そう言えば大学に入ってから1度もアキラと連絡を取っていなかったが、この文面を見る限り彼は相変わらずのようだ。彼の底知れない楽観主義をへし折れるような出来事は、おおよそこの地球上において未来永劫起こり得ないだろう。
 アキラと話をしたくなった。ただでさえ傷心の状態であった所に、下田のたしなめるような説法を受けたことへの苛立ちが重なって、僕の心はくたびれたホウキの穂みたいに荒んで逆立っている。アキラの声を聞けば、ささくれた心が一瞬だけでも潤うような気がした。彼にはそんな魔法がある。ネガティブ思考に陥りやすい人間は果てしなく楽観的な親友を1人は持つべきだ。
作品名:宙ぶらりん 作家名:おろち