ぼくとフーボの日々
「ところで、まさとくん。学校とはどういうところですか?」
学校へ行く途中、フーボが聞いてきた。
「いろんなことを勉強するところだよ。授業はたいくつだけど、友だちがいるし、給食も楽しみだ」
フーボは興味があるらしく、いろんなことを聞いてきた。それに答えているうちに校門の前までやってきた。
「そうだ。フーボ。学校では絶対に声を出すなよ。おまえのことがわかったら大騒ぎになるからな」
「はい。わかりました」
教室へ入ると、ケイコちゃんがいた。クラスで一番かわいくて、けっこうねらっているヤツは多い。
ぼくは今ケイコちゃんのとなりの席なので、みんなからうらやましがられているんだ。
「おはよう。まさとくん。足はだいじょうぶ?」
「おはよう、ケイコちゃん。心配してくれてありがとう。オデキだったよ」
と、ぼくは何気なくひざっこぞうを見せた。
「あら、ほんと。でも、赤くはれてるわ」
みると、フーボのやつったら、真っ赤になっている。まさかケイコちゃんにひとめぼれ?
「だいじょうぶだよ。痛くないから」
「保健室、いっしょにいってあげるわよ」
「じゃあ、痛くなったときはお願いするよ」
フーボの気持ちが伝わってくる。ひざっこぞうがほてっている。フジツボでも恋をするのか? ぼくはおかしくてにやにやしてしまった。
一時間目は国語だったけど、フーボが落ち着かないのが伝わってくる。ケイコちゃんを意識しているらしく、もぞもぞ動くんだ。ぼくはくすぐったくてしかたがない。
「せ、先生。すみません。足のオデキがうずくんで、保健室に行ってきます」
ぼくは急いで教室を出ると、階段のそばでフーボに言った。
「おまえ、なんなんだよ」
「だって、ケイコちゃんの顔がみたくて……」
「まったく。おまえ、自分のことわかっているのか」
そのとき、ケイコちゃんがやってきた。ぼくが立ち止まってひざっこぞうをのぞきこんでいるので、よほど痛いのかと思ったらしい。
「歩けないの? 先生がね、今日は保健室の先生は出張でいないからっていうので、わたし、来たのよ。肩につかまって」
とりあえず、ケイコちゃんの肩をかりて、保健室へ行った。先生がいないなら都合がいい。本当は歩けるけど、ケイコちゃんにささえてもらっているなんて、ラッキーだ。
(へっへ フーボめ。うらやましいだろ)
でも、治療してもらうわけにはいかない。ケイコちゃんが消毒薬を出してきた。
「さ、まさとくん。ひざを出して」
ぼくは思い切ってひざを出した。ケイコちゃんの左手がそっとぼくのひざにふれた。そのとたん、フーボがかっと熱くなった。
そして、ケイコちゃんが右手で持った、消毒薬のついた脱脂綿をはさんだピンセットがフーボにふれようとしたときだった。
「ああああ、あの、ゆ、ゆるしてください。つけるなら潮水をお願いします」
と、フーボが叫んだ。
(あちゃー)
ぼくは顔を両手でおおった。指の間からみると、ケイコちゃんはかたまっている。
「あの、ケイコちゃん?」
おそるおそる声をかけると、ケイコちゃんははっと気をとりなおした。
「まさとくん。わたし、どうかしたのかしら。オデキがしゃべったような気がしたんだけど」
「いや、それが、その……」
(フジツボがはえてるなんてしれたら、ケイコちゃんにきらわれる)
ぼくが口ごもっていると、フーボが言った。
「おどろかせて申し訳ありません。実はわたしはオデキではなく、フジツボなんです」
ケイコちゃんは、顔を近づけて、まじまじとフーボをみた。フーボがまた赤くなった。
「うふ。かわいい」
「え?」
ケイコちゃんの反応は意外だった。てっきり悲鳴を上げるか、逃げ出すかと思ったのに。
「ねえ、まさとくん。このことほかにだれか知ってる?」
「うちの家族だけだよ。ほかにはだれも」
「じゃあ、わたしとまさと君の秘密ね」
「って、ケイコちゃん、気味が悪くないの?」
「全然。だって都市伝説を地でいってるなんてすごいじゃない」
「へ?」
ケイコちゃんの思考回路が、お姉ちゃんと同じとはおそれ入ったけど、フーボのことをわかってくれたのはうれしかった。
保健室にいったのに、手当してないのはおかしいので、ケイコちゃんは食塩水を作ってガーゼにしみこませ、ぼくのひざにはりつけてくれた。
「フーボちゃん、ちょっと不便だけど、がまんしてね」
「はい」
フーボったらうわずった声で返事をしてる。そうして、ぼくたちは教室へもどった。
「おい。まさと。うまくやったな」
休み時間に、ケイコちゃんファンのやつらにこづかれた。ぼくはちょっと得意だった。