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夢見 多人
夢見 多人
novelistID. 35712
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スケッチブックをもう一度

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 俺より大分前に入ったのか同時に入ったかは知らないが、従業員室から出て、レジに立っていた俺より若い奴と交代する。漸く解放された気分だった。
 遠い正面の入り口から僅かに空を見ると、既に夕方で薄暗い雲の合間から西日が若干店頭に差したり差さなかったりしていた。はっきりしない薄明るい空を遠目で見て、俺はふとため息をついた。
 本屋の仕事で割と楽に思えるレジに立つ仕事も、結構ハードだ。何せ夕方の五時過ぎ。近くの学校の部活帰りに、本屋に立ち寄ろうとする客は多い。殆どは大規模書店に流れて商売あがったりだと店長は笑いながら言っていたけれど、全然そんなこと思えないほど、この書店には人が混み合っている。そのうちどのぐらいかは分からないけど、何割かは、参考書コーナーで本を見ている人もいるわけだ。俺も早く新しい参考書だの問題集だの、買わなきゃいけないなと思っていた。そう、俺だって、店長の言ってたタチなんだ。それの何が悪いというんだろう。
 そんな事を考えていると、芸術書コーナーに一人の、髪の先がくるくるっとパーマになった背丈的に女子高生っぽい子がいた。それだけなら別にどうということはないが、手元のかごには、数学やら化学やら地理やら、それなりの数の参考書が入っている。美術の部活動に勤しむ傍ら勉強をする学生、なんだろうか。だが結局芸術書コーナーの本は一冊もいれずに、レジの方へ向かってきた。

「いらっしゃいませ」

 一点ずつ商品を数えつつ代金を計算して、最後に

「カバーはどうされますか」

 と尋ねる。本当は尋ねたくない質問だ。何せ俺はまだカバーがけをマスターしていないのだから。

「お願いします」
 
 望み敵わずにこやかに、けれどぎこちない手つきでカバーがけに入る。全部参考書や問題集で、合計六点。この時に限ってぽつぽつと客が並んでくるのだからタチが悪い。
 と、従業員室から見かねて出てきた店長が俺のカバーがけを手伝ってくれた。俺とは違い手際よく本に紙のカバーをかけていく様は、恐らくあと何ヶ月バイトしても真似できるもんじゃないだろうと思いながら、俺はいつの間にかカバーがけを手伝う側になっていた。
 客足が退くと、俺がほっと一息つく暇もなく、店長に少しだけ注文をつけられた。

「カバーがけ、練習しておけ。女子高生ばっかみてないで」
 
 小声で言われたけども、俺には少し響いたように感じられて、脂汗を掻いた。その後本屋の客足は、今度は会社からの帰宅客で増えた後、ぱったりと途絶えた。午後八時。そろそろ俺の終業時刻だった。
 店長はレジ前の後ろの棚でカバーがけの練習をしていた俺に、お疲れ様と言った。その後、俺は従業員室で丁度今来たばかりのバイトの子とレジ打ちを交代してもらうと、店長はちょっと嫌味も交えて余談を口にした。

「お前のお気に入りの子だけど」

「違いますよ」

「あの子も、浪人生だったかな」

 最初、俺はへぇとしか感じなかった。

「去年まで、近くの高校の帰りに、美術関係の本ばっか買ってたのに、今年に入って一冊も買わない。制服姿も、去年で見納めかな。だから浪人生だと思っただけだけど」
 
 ふと、二ヶ月前、俺はスケッチブックを破り捨てたのを思い出した。極力、その子に自分の姿を被せないようにと心で思いながら、俺は話題をそらそうとした。

「大学、芸大とか美大じゃなかったんですね」

「さぁ、そこら辺は親御さんの都合があるだろうから」
 店長はパソコンに写った監視カメラを時折見ながら、あの子が買っていった参考書を眺めていた。店長は、時折――本来定員はしてはいけないのだが――客が買っていった本と同じ本を眺めているのだった。

「これ、上の国公立の大学目指すなら必須の問題集らしいけど」
 
 と呟いて、はぁとため息を漏らす。

「自分の青春を捨ててまでの必須じゃないと思うんだよな」

「・・・そうですよね」

 俺は、本当はこの人の言葉になんて返したかったんだろう。俺はこの時場に抗う言葉を見つけられないでいた。というより、いつも見つけようとしなかったのではないか。そして、紙臭い従業員室の中で、作業服のエプロンもどきを破り捨てたくなるほど、違うと叫びたかったのに、その女の子と俺がダブって、否定すらできないでいた。結局口から何か紡ぐ事もできず、俺はお疲れ様でしたといって従業員室から立ち去った。
 帰り際、俺は携帯で秋波にメールを送った。もうすでにあたりは暗く、五月の夜風は涼しいというより、寒かった。送った内容は、要約すれば“お前の夢ってなんだっけ”ぐらいなものだった。

「言ったろ、薬の研究者になるんだって。それより、お前はどうなんだ? 僕と同じように上の大学目指して、何がしたいんだ?」