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夢見 多人
夢見 多人
novelistID. 35712
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スケッチブックをもう一度

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 こうして始まった浪人生活だが、何度でも繰り返すけれど、うちは貧乏だから、当然バイトをすることになった。
 俺のアパートを出て兎小屋のような住宅でぎゅうぎゅう詰めになった細い道を北に二百m進むと大通りにでる。北西から南東へと流れている車の往来が少なめな道を北西に添って進むとクリーニング屋や古い小さな個人塾、不動産屋などが見える。更にその先を国道とぶつかって十字路になったところを少し南に進むと、少し駅前っぽくなっておもちゃ屋やカジュアルファッションのお店などが見えて、その先の左に、俺の勤務先の明星書房がある。紀伊国屋といった大規模店舗ではないが、広さは狭いこともなく、人二人分より少し狭い幅の廊下が三列レジに並列して、その両脇に十数メートルほど本がびっしりある程度だ。
 最初四月の終わりにバイト先を決めるときは、肉体労働に俺は向かないからという理由で本屋に入ったが、実情はどうも違った。新刊の入った段ボール箱は、軽く十数キロあり、その中身を高い天井まである棚に手作業で詰めていくのだから、相当な重労働だ。雑誌の付録も、最初から雑誌にセットされているわけではなく、本屋の人が手作業で付録をいれている。また、コミックは予め立ち読み防止の為のシュリンク、つまりビニールがけをしているが、これも大変だ。シュリンカーと呼ばれる機械に専用の袋にいれたコミックを通すのだけれど、これも一冊一冊、しかも熱収縮でビニールを縮めているから、側にいると熱い。
週三のペースでいれていたバイトで、これなら大丈夫だろうと思った俺は、意外にハードな仕事内容のためか、家に帰ると最初のうちは殆ど寝ていた。そのせいもあってか、五月始めにあった模試は、一応受けたけれど去年の十二月の模試結果より若干偏差値が落ちていた。それでも、バイトはやめるわけにいかなかった。

「お前、この前の模試・・・」

 五月の終わり頃、パソコンの前でカメラを監視している男の店長に、ふと声をかけられた。

「あんまり良くなかったみたいだな」

 若干蒸すようになった従業員専用の書庫で、若干の間をおいてそう言われた。俺はこの湿気た空気の中更にシュリンクをかけている最中で、非常に不快になった。

「誰から聞いたんです」

「模試って言ったら勝手に不愉快そうな顔したのはお前だろう、なぁ?」

 中年の割と筋力のついた顔が妙ににやけていた。

「何、バイトしながら勉強しようなんて殊勝な心構えしてるんだから、多少一発目が悪くたって気にしないこった、二発目悪かったら知らないけどな」
 
 蛇足とはこの事だと思った。いやあえて付け加えているのかも知れない。快活だか嫌味な性格なのか分からない店長もまた、浪人生だったと聞く。

「この時期になると、模試の結果が悪かった奴は急いで本買い込むんだが、お前もそういうタチか」

「どういうタチなんです、それ」

「どういうんだろうなぁ・・・」

 店長はパソコンへの目線をそらさず、覇気の無さそうな返事をした。どうやら、それ以上答える気はないようだった。俺は相も変わらずシュリンカーに悪戦苦闘していた。微妙に居心地の悪くなった従業員室から出たいと思った。
そろそろレジにでる交代時間のはずだ。少し涼しい空気が待っている。

「それじゃ、レジ行ってきます」

「おう」