アイラブ桐生・第二部 14~16
守は、新聞店で休息中でした。
夕刊の配達も終わり、朝刊用のチラシを受け取るために
ただ待機しているだけの状態です。
席を外すわけにいかないので、裏手にあるアパートで待っていてくれと
部屋の鍵だけを手渡されました。
アパートの玄関には、大量の運動靴が氾濫をしていました。
その大半が配達のアルバイトをしながら大学へ通う、学生たちのものです。
教えられた部屋のかぎを開け、恐る恐る・・・・
そ~と室内をのぞいてみました。
三畳で、まったくの真っ暗闇な部屋でした。
突き当たりにある窓を開けてみたら、少しは明るくなるかと思い
たてつけの悪いガラス戸を無理やり開けてみて、さらに愕然としました。
30センチ先の目と鼻の先には、隣のアパートの壁がありました。
田舎では考えられないほど、あまりにも狭すぎる隣地との境界線です。
暗いはずだぁ・・・・
日もとっぷりと暮れてから、やっと守が戻ってきました。
久し振りだから、祝杯をあげに行こうという話になり、
身支度もそこそこに案内をされるまま、駅裏にある
飲み屋街へ繰り出しました。
招き入れられたのは、
赤ちょうちんと縄のれんが下げられた、ごく普通の焼鳥屋です。
狭い入り口をくぐりぬけて、店に入ると、
中には意外な広さが待っていました。
一列に並んだカウンターのイスをすり抜けていくと、
店の奥まったところに、三畳程度の小上がりが造られています。
いつも通りという雰囲気で、守がそこへあがりこむと
ニキビ顔でお下げ髪の女の子が嬉しそうに、
ビールを片手に飛んできました。
何か言おうとしている女の子を、守が手で制しています。
「こいつは、俺の同級生。
がきのころからの付き合いで、俺が歌手になるって言ったら
本気で激励をしてくれた、唯一の男だ。
よろしく頼むな、こいつのことも。
まぁ、たぶん、そのうちに有名なデザイナーになる・・
だろうと思われる、その卵だ。」
と、紹介をしてくれました。
「あんらぁまぁ~、
あんたも田舎から出てきた、たまごなの。
『モリちゃん』もそうなのよ。いまだに歌手の卵なの。
ねぇ、随分と時間がかかっているんだもの、
もうそろそろ”ヒョコ”になっても
いい頃なのにね~。 あらごめん、お友達の前だというのに、
ほんとのことを言っちゃった、あたしったら。
駄目だなぁ・・・
うっかり者の天然で、見るからにアホだもの。
ごめんねモリちゃん、ごめんごめん。」
語尾あがりのイントネーションに、
「君は、栃木の出身かい?」と
、思わず聞いてしまいました。
「あ、ばれちゃった?。
もう東京に来て、4年にもなるというのに、
いまだに、栃木のナマリが抜けないの。
群馬の人には、一発でバレバレなの・・」
*群馬と栃木は、北関東の隣接県です*
守ばかりをまじまじと見つめながら、栃木娘がまた嬉しそうに笑います。
いいから適当につまみを頼むよと、守が言うと、
「じゃあ、また後で。」と、お盆とお尻を振りながら、軽快に店の
奥へと消えていきます。
「おどろいたか。」
「うん・・まあね・・
もう長い付き合いになるの。」
「3年目かな。
理容師の住み込み修業ってことで、一人で上京してきたらしいんだが、
どうもそこで嫌なことが出来て、飛び出してきたらしい。
とりあえず、赤ちょうちんでアルバイトをしつつ、次の職を探しているのだが、
そのまま、三年も経っちまったと言う次第だ。
・・・・そんな訳だ。」
「うまくいっているみたいだな。」
「うん、たまには、泊りにも来る。」
「 ん・・・」
あの、三畳の真っ暗な部屋にか・・といいかけたが、
先々のこともあるので、その部分の言葉は呑みこんでしまいました。
上京から五年もたてば、ある程度の環境の変化はあるだろうと予測をして
訪ねてきたものの、あまりもの想定外の事態に、正直、少々面食らいました。
まあまァ色々あるが、久々の再会を祝してまずは乾杯ということになりました。
ビールのグラスを、勢いよく二人で持ち上げたら、
「わたしも混ぜて。」と、栃木娘が、勢いよく割り込んできます。
いいだろう、君も大歓迎だ・・・
群馬と栃木の北関東の連合で、船出を祝っての祝杯だ。
この先も、きっとなんとかなるだろうと、思いつつ、「かんぱぁ~い」と、
三人で大きな声で唱和をしました。
作品名:アイラブ桐生・第二部 14~16 作家名:落合順平