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アイラブ桐生・第二部 14~16

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 先に上京している同級生の守は、歌手志望です。
中学を卒業する同時に上京をして、歌手をめざしたまま
早くも5年余りが経ちました。
もらった葉書の住所は、○○新聞販売店内、と、ありました。
とりあえずそこまで来れば行き会えるからという、大雑把な話です。



 交差点に立ってみて、(田舎者は)すこぶる驚きました。
交差点から見回した範囲だけでも、4軒から5軒もの新聞販売店が見えます。
これはまったく、予想外の事態です・・・・
(後から聞いた話では、)トラック便が早朝に新聞を落としていくために、
幹線道路沿いには、必然的に、いくつもの新聞店が立ち並らぶそうです。
それにしても、密集しすぎだとは思いましたが・・・いずれにしても、
上京したての「田舎者」には、大仰天の光景です。





 ・・・・話は、今朝に戻ります。

 桐生祭りの夜に久し振りに行きあって、
思いがけなく3泊4日を過ごしたレイコとのドライブから
、はやくも3ヵ月余りが経ちました。
そろそろ世間では師走を迎える時期だという時に至って、
ようやくのことで、家を出る決心を固めました。

 昔堅気すぎる親父の性格のことを考えると、
承諾をもらうことはなどはとても無理だと思い、
全員に黙って出ていくつもりでしたが、
お袋だけには、それとなく伝えてしまいました。



 「おや、やっと出て行く気になったのかい。
 そうだよねぇ~、
 絵描きはやっぱり放浪の旅が定番だもの。
 旅先で苦労して絵を書かなければ、やっぱり一人前にはなれないからね。
 ああ、私は一向にかまわないから、気にしないで行っといで。」

 
(お袋は、何かを勘違いをしているようです。それはたぶん、
 裸の大将の山下清のことで・・・・
俺のやりたいのは絵画ではなく、デザインです)


 お袋に言わせればマンガも油絵もデザインも、
同じ道楽の範囲だと一言でかたずけます。
なにがどう違うのかを説明する方が、余計にやっかいでした。
長男が家出をするというのに、お袋は、
さほどにあわてた様子も見せません。
それからの一週間が何事もなく過ぎて、やがて当日を迎えます。



 予定通りに(家出の)出発の朝を迎えました。
早い時間にお袋が私の部屋へ来て、無造作に封筒を突き出しました。


 「お父さんからもたっぷりと巻き上げてきたから、
 遠慮しないで持っていきなさい。
 別に、邪魔にはなるものではないからね。
 ただし、父が言うには、モノになるまでは絶対に帰ってくるなと、
 くれぐれもそう言えと、それだけは、きつく申しておりました。」



 はい、と笑いながら父の餞別を手渡してくれました。
仕事に出掛ける時のように、
そのまま玄関までいつものようについてきます。


 「家出の息子をまさか表へ出てまで、見送るわけにはいかないから、
 私も、ここまでだよ。
 それからこれは、もうひとつ、これも別の人からの、
 大切な預かりものだ。」

 ほらと言いながら、もうひとつの封筒を渡してくれました。
心当たりはないけれど、と、つぶやいていると・・・



 「万が一の時のためにと、あの娘が置いていきました。
 もうこうなることは、分かっていたんだねぇ、あの娘には。
 どうせうちの子は、当分の間は帰ってこないけど、
 いつでもいいから、また遠慮をしないで、遊びにおいでと言っときました。
 唐変木(とうへんぼく)のあんたには、もったいないほど、良く出来た娘だねぇ。
 お嫁にもらうなら、あんな娘がいいと母さんも絶対に思うけど・・・
 なかなかいないよ、今時の、気が利いて優しいおじょうさんなんか。
 ・・・・おや、これは門出だというのに余計な話だね。
 それは、何かの時には渡してくださいって、それだけ言って置いてった、
 あの娘からのお守りだと思います。
 お前がいらないっていうのなら、その辺に捨てて、お行き。」




 レイコだ・・・
悲壮感いっぱいで家を出るよりは、だいぶましかと、
レイコのお守りも受け取って、「じゃぁ」と言いながら靴をはきました。
お袋はもともと、細かいことなどは一切言わずに
「そうですね、まぁ、なんとかなるでしょう。」と笑って日々の暮らしを
きりまわしていく性格の持つ主です。
ウジウジしている息子よりも、
世間の冷たい風に少しでも余計にさらしたほうが、
いい人生勉強になる、そんな風にでも考えたのだと思います。



 「あ、それから、わが家に便りはいらないよ。
 どうせあの娘には書くんだろうから、それだけで十分だ。
 そのうちに届けますって、あの娘もそう約束をしてくれたからね。」

 にっこりと笑って手を振ったお袋が、未練を持つ前に、
ピシャリと玄関を閉めてしまいました。
しかし、ここから4年にもわたって、時おり手紙は書いたものの、
一度も自宅には帰りもせずに、
ひたすらに放浪の旅をつづけることになりました。
本土への復帰闘争を続けている沖縄への渡航を皮切りに、
九州から京都まで、自分の夢を探して、
あてもなく歩き回るようになるのです・・・