星と月と幽体
2つ隣の部屋の彼女には、あの劇的な出会いから何度か試みているのだが、幽体離脱そのものの確率が悪くなっているので、会ってはいなかった。それでも気分は恋をしているような状態になっていて、毎日の行動すべてが楽しく思えた。
あまりやる気の無い社員と自他共に認めていたオレだったが、自分でも驚くほどに意欲が湧いて来て、社内でも皆の注目をあびるようになった。当然顔つきも違ってきたのだろう。
その一方的に恋する彼女と、ある日偶然にも同じ電車から降りたようで、アパートまで一緒に帰ることになったのだ。
「最近、表情が良くなりましたね。何かいいことありました?」
「えっ、オレ?」
「ええ、顔はいいのに、表情が暗いので話しかけずらいなあと思ってたんですよ」
「ああ、そうだったの。いちおう興味は持ってくれてたんだ。嬉しいな」
オレは、自分でも驚くほど言葉が自然に出てきた。
「あ、わたしルナといいます。木下ルナ」
「あ、オレは星……大地、この地面の大地、大地っていう名前です」
「え~っ、おっかしい!」
彼女が笑った。オレは何故笑ったのかわからなかったが、笑い顔がものすごく魅力的なので、幸せな気分になた。
「ごめんなさいっ」
笑い顔のままでルナは謝った。
「だって、空にある星が大地に刺さっているのを想像したのよ」
そう言ってまたルナは身を折るようにして笑った。
「えっ、木下さんだって笑える名前だよ。ルナってたしか神話で月の女神のことだよ。月が木にぶら下がってる、あるいは木の根っこにたたずんでいるのを想像するよ」
「え~っ、星さんてロマンチストなのね。好きになってしまいそう」
ルナの率直な言葉に、オレはそれこそ上の空の星になってしまっていた。