トレーダー・ディアブロ(8)
隊長のサンダーソンが立ち上がって西京に伺う。
西京は状況を彼に説明しようと思ったが、モニター画面を見て思い留まった。
既にミサイルの到着予定時間が十五秒後に迫っている。今から彼らに状況を説明して脱出してもらう時間は無い。
「すまない、皆!」
西京は咄嗟に叫んでキーボードを叩き、現れた青い画面にパスワードを入力した。
すると、その瞬間、プラネタリウムの天井が開き出し、出入口にシャッターが下りた。
「何だ?」
「どうした?」
いきなり動き出したプラネタリウムを見て、隊員達に動揺が広がる。
「西京、一体……?」
サンダーソンがもう一度西京に何が起こっているのかを尋ねようとした。
そして、丁度その時だった。
なんと隊員達が立っている床が割れたのだ。それは、まさに落とし穴の様に真ん中からバカッと割れた。
もちろん、その上にいた隊員達は全員下に落ちて行く。
このトレーディングルームは、崖の上から突き出た形で建てられている。
つまり、この下は海になっているのだ。
急に床が無くなったSWT七名は、遥か三十メートル下の太平洋に落下して行った。
「うわああああ……!」
「ああああああああ……!」
彼らは何が起こったのか理解出来ずに、叫び声と供に落ちて行った。
プラネタリウムは天井と床を開けて、側面以外は空洞になった。そして、中央には骨組みに支えられたガラスの球体が浮かんでいた。
西京は隊員全員が海に落ちたのを見て、安堵の息を吐いた。
それから、彼はまた大急ぎでキーボードを叩いた。
もう時間が無い――。
ミサイル到着まであと五秒。
西京は素早くキーボードを叩きエンターボタンを押した。
そして、自分の座っている椅子の下に付いているレバーに手を掛けた。
しかし、その瞬間、西京の目にミサイルが飛び込んで来た。
彼は轟音を立てて近づいて来るミサイルを睨んだ。
次の瞬間、プラネタリウムは爆炎に包まれた。
チャートを表示していた壁のディスプレイも、中央で球体を支えていた支柱も全て爆風に吹き飛ばされた。
その爆風はプラネタリウムのみならず、隣の暖炉の部屋も吹き飛ばし、それでも勢いを失わず、西京の家の屋根を剥いで窓ガラスを叩き割った。
爆炎は上空に消え去り、爆発の勢いで巻き上げられた砂埃が渦を巻いて西京宅を覆った。
そして、黒煙が晴れて来るにつれ、少しずつ西京の家の様子が明らかになった。
プラネタリウムは跡形も無く消え去り、西京の自宅は玄関部分だけを残して瓦礫の山と化していた。
そして、この瓦礫の中で生きている者は誰もいなかった。
※
サンダーソンは三十メートルの高さから海に飛び込んだ。
彼の体はその勢いで海中十メートルは沈んだ。
ここは、海だ――。
彼はそう判断して、海面を目指して泳いだ。
ボディーアーマーを装着しての水泳はきつい。海面が実際よりも遠く感じられた。
「ぷはーっ!」
サンダーソンは勢いよく海面に顔を出すと、大きく息を吸った。そのまま辺りを見回す。
すると、彼のすぐ隣でユングが同じ様に顔を出した。
「ぷはーっ!」
「ユング!皆、大丈夫か?」
サンダーソンが波間から顔を出して辺りを見回す。
すると、近くの海面で仲間達が次々と顔を出すのが見えた。
どうやら全員無事の様だ。
「一体、何が起きたんだ?」
「分かりません。突然、床が抜けた様に感じましたが……」
やはり、誰も事態が飲み込めていない。
「西京の奴……一体、何をしたんだ?」
サンダーソンは海面から三十メートル上のトレーディングルームを見上げた。
まさにその時だった。
上空のトレーディングルームが突然光った。
そして、その直後、凄まじい轟音を立ててトレーディングルームは爆発したのだ。
その爆風はサンダーソン達の所まで届き、彼らをもう一度海に沈めた。
「ぐわっ……!」
「ごぼごぼ……!」
不意を衝かれた彼らの鼻に口に海水が流れ込む。
海中でもがく彼らの近くで、崖から落ちてきた鉄の塊がいくつも海の底に消えて行った。
暫くの後、彼らは再び海面から顔を出した。
「ぷはーっ!」
サンダーソンは海面で大きく息を吸う。
彼はもう一度隊員の無事を確認しなければならなかった。
全員ゴホゴホと咽せているが、大した怪我は無い。
「何だったんだ、今のは……?」
隊員達が顔を見合わせて尋ねた。しかし、誰にも分からなかった。
SWTの隊員は全員で恐る恐る頭上を見上げた。
トレーディングルームは黒煙に包まれていた。この時点でサンダーソンは何かが爆発したのだと悟った。
そして、その黒煙が少しずつ晴れていく。
その黒煙が晴れた時、彼らが見上げた場所には、先程まであったトレーディングルームは無かった。
そこにあったのは、剥き出しの曲がった鉄パイプが何本か刺さっているだけの、ただの崖だった。
※
グレリアとロミーナを乗せたレクサスLXは、ドライブ・サウスと呼ばれる国道を飛ばしていた。
次の交差点を右に曲がれば、西京の自宅に続く岬の道だ。
グレリアは西京に何が起こっているのか分からなかった。
先日、社会保障局の人間が現れはしたが、まさか保安局の特殊部隊が出て来るとは想像もしていなかった。
「デムッ!」
彼は勢いよくハンドルを切り、交差点を右折した。
タイヤが悲鳴をあげて、彼らの体に横方向にGがかかる。
「ロミーナ! もうすぐディアブロの家だ!」
グレリアがハンドルを立て直しつつロミーナに告げた。
彼女は自分の体を支える為ドアを押さえながらコクリと頷く。
二人供、何を話したら良いか分からず、それ以外は無言だった。車内にはただレクサスのエンジン音だけが響いていた。
彼らはフロントガラスに現れた西京の家を、ただじっと見ていた。もうすぐ彼の家だ。
育也様、待っていて下さい――。ロミーナは助手席の手すりをギュッと握った。
しかし、その時だった。
突然、彼の家から爆炎が上がったのだ。
その瞬間、地面を揺るがす様な轟音が響き、グレリアは思わずブレーキを踏んだ。
「きゃああああ……!」
急ブレーキを掛けたせいで、ロミーナの体は前に飛ばされそうになり、シートベルトが彼女の肩に食い込んだ。シートベルトをしていなければ、彼女は頭からフロントガラスに突っ込んでいただろう。
そのフロントガラスに砂が叩き付けられてビシビシと音を立てた。砂煙に覆われて前が全く見えない。
グレリアは恐怖のあまり頭をハンドルに押し付けて伏せた。
ロミーナは手すりを握りしめたまま、歯を食いしばって目を閉じた。
しかし、暫くすると車内に静寂が戻って来た。
グレリアが恐る恐る顔を上げると、霧がかかった様に視界が悪くなっていた。だが、彼の車にさほどダメージがある訳ではなさそうだった。
「大丈夫か、ロミーナ?」
「え……ええ、大丈夫です。一体、何が……?」
彼女は頭を振って、前を見た。
彼女の目に映ったのは、黒煙を上げる西京の家だった。
「そ、そんな!」
彼女は自分の口を手で押さえた。ロミーナの顔から血の気が引いて行く。
「馬鹿な! 何だ……あれは……?」
作品名:トレーダー・ディアブロ(8) 作家名:砂金 回生