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砂金 回生
砂金 回生
novelistID. 35696
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トレーダー・ディアブロ(4)

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 彼は口を手で押さえたまま、ヨロヨロと数歩後ろに下がった。
 すると、彼の足に何か柔らかい物を踏んだ感触が伝わってきた。
「ひっ!」
 彼は驚いて飛び退いた。
 地面の方を見てみるが、暗くて自分が何を踏んだのかも見当がつかない。暗闇の中、地面を見つめた彼の心拍数がドンドン上昇した。
 気が付くと、彼は踵を返して一目散にその場から逃げ出していた。
 西京は一度も振り返る事無く、ゴミ処理場を出て、バラックの通りを抜け、仮設住宅の通りを抜け、ピンクと黄色のネオンの通りを抜け、またベイウォークに戻って来た。
 そして、ベイウォークの遊歩道の街灯に手を付いて、彼は息を整えた。
 まだ、先程の異臭が服にまとわりついている様な気がした。
 彼はその街灯にもたれて大きく息を吸った。
 その時、彼の目にマニラ湾に輝く高層ビルのネオンの輝きが映った。
「ここには光が溢れている。こんなに近くにあるのに、この光はあの子には届かないのだな……」
 彼は一人呟いて笑ってしまった。
 ベイウォークの夜景は、先程のゴミの山が嘘だったかの様に、きらびやかに輝いていた。
 持つ者と持たざる者、その縮図がこの街にあった。

   ※

 次の日、西京は七時のモーニングコールで目を覚ますと、身支度を整えて部屋を出た。
 彼がエレベーターホールの前で待っていると、丁度ホルヘ・グレリアが部屋から出てきた。
「ヘイ、ディアブロ!こんな時間からお出かけか? お前、今日のゴルフはどうするつもりだ?」
 彼は既に着替えてしまっている西京の方に寄って来る。
 彼は西京を朝食に誘おうとしていた様だ。ポロシャツに短パンというラフな格好に財布だけ手に持っていた。
 だが、西京は今日、彼とゴルフに行く約束だった事をすっかり忘れていた。一瞬ハッとした顔をした彼は、一歩グレリアに近づいて切り出した。
「ホルヘ、悪い。ゴルフはキャンセルだ。すまない」
「おいおい。お前どこに行くつもりだ? まさか、女が出来たんじゃないだろうな?」
「まあ、そんな所だ……」
 グレリアはニヤリと笑った。しかし、西京は適当に相槌を打って、ドアが開いたエレベーターに乗り込んだ。そして、まだ何か言いたそうなグレリアを置いてエレベーターのドアを閉めた。
 ホテルを出ると、彼はタクシーに乗り込み、まずドラッグストアーに寄り、一番分厚いマスクを購入した。
 そして、運転手にトンド地区のゴミ処理場に行く様に指示した。
 運転手は驚いた表情を見せたが、西京が本気だと分かるとため息をついた。
「あんたも物好きだね。パシフィックホテルからスモーキーバレーに行ってくれと言われたのは初めてだよ」
 運転手が言うには、あの辺りはマニラ中から集められたゴミが自然発火し、あちこちで煙が上がっている為、スモーキーバレーと言われているという事だった。以前は、そこにスモーキーマウンテンという大きなゴミ処理場があったが、スカベンジャーと呼ばれる人々が大量に住み着いたので、一度政府の政策により強制的に解体させられたという。
「スカベンジャー?」
「そう。ゴミを漁って生きている寄生虫どもですよ。やつらはあそこに毎日運び込まれて来る大量のゴミを漁って、その中のアルミやプラスチックをジャンク屋に売って生きているのですよ。衛生面で問題があるし、マニラのイメージが悪くなるので、時々政府が強制的に撤去させるのですがね……。しかし、やつら撤去させられても直ぐにどこからか湧いてきやがる。今じゃ、政府とスカベンジャーどものイタチごっこですよ。まあ、そうしないと生きていけないのでしょうが……。私達フィリピン人の恥ですよ。着きましたよ、旦那、あそこがスモーキーバレーです」
 タクシーはゴミ処理場の百メートル程手前で止まった。
「すみませんが、ここから先は普通の車じゃ行けません。釘や何やらが落ちていて、いつタイヤがパンクするか分からないですから」
「そうか……」
 西京は仕方無く料金を支払い、タクシーから降りて、スモーキーバレーに向かった。
 歩きながら、先程購入したマスクと、シャツのポケットに挟んであったグッチのサングラスを装着する。
 彼はなぜまたここに来たのか、自分でも分からなかった。ただ、彼には昨晩アイリンを家まで送ってやれなかった後悔の念があった。もう一度彼女に逢った所で、何をしていいかも分からなかったが、このまま二度と彼女に逢わない事は彼には我慢出来なかった。
 彼のリュックの中には一万ドルの現金が入っており、彼女に会う事が出来たら、それを渡してやりたいと彼は思っていた。
 これだけの金があれば、彼女が学校に行ける様になるかもしれない――。
 スモーキーバレーに入ると、運転手の言った通り、あちこちでゴミが自然発火した煙が上がり、まるで蜃気楼の様に揺らめいていた。
 なるほど、スモーキーバレーの名は伊達じゃないという訳だ――。
 マスクをしているお陰で何とか息は出来るが、酷い砂埃のせいで視界がかなり悪い。
 昨日は夜だったので良く見えなかったが、今は瓦礫の様に積み上げられているゴミが良く見えた。そこには、生ゴミ、不燃ゴミ、粗大ゴミ、そして産業廃棄物といったあらゆるゴミが折り重なって積もっており、壮大な地層を形成していた。ゴミ、ゴミ、ゴミ、何処を見てもゴミの山だ。そのゴミの地層に隠れる様に、所々に兎小屋程度のバラックが見える。
 西京はそのバラック一つ一つに目をやりながら歩いた。
「どこだ?彼女の家はどこにある?」
 西京は暫くスモーキーバレーを彷徨い歩いた。
 その時、一台の大型トラックが砂埃を巻き上げながら彼の横を通り過ぎ、百メートル程進んで止まった。
 そして、そのトラックは何の前置きも無しに、荷台を持ち上げ、その中身を道路にぶちまけた。
 トラックはマニラ市のゴミ収集車だった。当然、中身は今集めてきたばかりのゴミだ。
 すると、そこに、まるで餌を撒かれた家畜の様にスカベンジャーがわらわらと集まって来る。彼らは新たに運び込まれたゴミを我先にと漁る。皆、少しでも金目の物を見付けようと必死なのだ。
 スカベンジャーは何処に隠れていたのか、次々と現れ、直ぐに新しいゴミは大方漁られてしまった。
 その後も出遅れた者達が何かないかとゴミを漁る。
 西京は必死にゴミを漁るスカベンジャーの一人に声をかけた。
「あの、すみません。あの……」
 しかし、声をかけられた男は、ゴミを漁るのに必死で気が付かない。
「あの……! すみません!」
「あ……、俺か?」
「すみません! アイリン・モレノという女の子を捜しているのですが……?」
「アイリン? ああ、アイリンね。あんたも彼女に別れを言いに来たのかい? 可哀想にな、あの若さで……」
「何? あの若さで……だと ?どういう事だ?」
「アイリンなら、ここを真っ直ぐ行って、三つ目の小屋だ……」
 男はそう言って煙の上がっている方を指差した。そして、またゴミを必死で漁り始めた。最早西京と話をするつもりは無いらしい。
 西京は仕方無く、男の指差した方に向かった。
 だが、男が示した場所に近づくにつれ、人集りが出来ているのが見えた。
 何かあったのだろうか……?