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砂金 回生
砂金 回生
novelistID. 35696
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トレーダー・ディアブロ(1)

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 どうやら、グレリアはまともにインタビューに答える気は無いらしい。これではまともな記事は書けそうにない。いや、グレリアにファンドの運用成績や投資先の話をさせる事によって、彼のファンドのトレーダーであったディアブロの話をさせる予定だったのだが、このままではそれが出来ない。この調子でインタビューを終わられたら、八田は何をしに日本からカルフォルニアまで来たのか分からない。
 彼は焦って用意したメモ帳に書いてある質問をペラペラとめくった。
「もう、いいだろ……?」
「え?」
「そろそろ本題に入らないか?」
 八田のメモ帳をめくる指の動きが止まった。
「本題、というのは……?」
 グレリアは八田の目を見てニヤリと笑った。
「あんたが今日ここに来たのは、俺のファンドの破綻の話が聞きたかったからではないだろう?」
 そう言うと、グレリアはジャックダニエルの入ったグラスを床に置いた。
 八田はそのグラスを見て気付いた。グレリアはウィスキーを一口も飲んでいなかったのである。
「どうして分かったのですか?」
 八田は視線をグラスに注いだまま、思わず聞いてしまった。
 彼はグレリアにディアブロの話をさせる為に、彼のファンドの話から自然に話題を振っていたつもりであった。しかし、彼の目論みは、グレリアには全てお見通しだったのだ。
「どうしてだと……? ふん、あんたは俺の破綻の話を聞きに来るには遅すぎるんだよ。メディアの連中は事が起きた時に、少しでも早く現場に行きたがる筈だ……。それを、俺が破綻してから一ヶ月も経ってから俺の話が聞きたいだと? 今の俺を見てみろ。こんな一銭も持たない男の話を、誰が聞きたがるものか!」
 グレリアは大袈裟に両手を広げて声を張り上げた。
 彼のしゃがれた声は、一組のソファー以外何も無いリビングに響いた。
 彼の言う通り、ニューワールドが破綻した時は世界中のメディアが挙って彼の邸宅に押し掛けた。だが、それも一時の事で、大衆が彼のニュースに飽きると、途端に誰も来なくなった。
 そしてその後、彼の動向が報道される事は無かった。最早誰も破綻した元ヘッジファンドの暴君に興味を示さなくなったのだ。
 そして、それは彼の友人、家族にしても同じ事が言えた。彼の周りには最早誰もいなかった。
 自虐的な笑みを浮かべてグレリアは続けた。
「大方、あんたは俺にファンドの話を聞く振りをして、ディアブロの話をさせようとしていたのだろう……。同じ日本人であるあんたになら、俺が今まで誰にも話さなかったディアブロの話をするとでも思ったのかい?」
 彼はそう言って、今度は本当にウィスキーを一口飲んだ。まるで、話はこれで終わりだと言わんばかりに。
 八田は何と言って良いか分からず、俯いてしまった。
 リビングは静まり返り、窓の外に広がる太平洋の波の音さえ聞こえてきそうな気がした。
 このままでは彼にディアブロの話を聞くどころか、ファンドの話すらまともに聞けそうになかった。グレリアの頑固さは有名である。一度彼がへそを曲げると、どんな好条件でもイエスと言わないと言われていた。ヘッジファンドの暴君の名は伊達じゃない。
 しかし、八田はこのままオメオメと帰る訳にはいかなかった。ライターとして決して成功しているとは言えない彼が、自腹を切って遥々カルフォルニアまでやって来たのだ。手ぶらで帰れる訳が無い。どうにかしてグレリアに話をさせたいと、彼は考えた。だが、どう考えてもグレリアを納得させる方法が思い浮かばない。
 遂に、八田は考えるのを止めて、ソファーから立ち上がった。
「そうです、グレリアさん。あなたの仰る通り、私はあなたを利用してディアブロの記事を書くつもりでいました。あなたにインタビューの本当の目的を伝えていなかった事は謝ります。しかしこういう方法でないと、あなたからディアブロの話は聞けないと判断致しました」
 八田は考えた末に、自分の本心を打ち明ける事に決めた。
 この状況でグレリアに小細工をしても仕方が無い。彼は一か八かに賭けて、嘘偽りの無い言葉を伝える事にしたのだ。
「ディアブロはあなたの部下であり、運用収益世界一を誇ったニューワールドのトレーダーでした。しかし、彼はロサンゼルス郡保安局の特殊部隊、SWTにテロリストとして抹殺されています。アメリカの発表によれば、彼は大量破壊兵器を所持し、世界を混乱に陥れようとしていたと……。まさに悪魔(ディアブロ)の様な存在だったと言われています。しかし、アジア、アフリカ、南米等のスラムに住む人々は、彼こそ、この世界に平和をもたらす神だったと言っています。一体、彼は何をしようとしていたのですか?」
 八田は話をしながら、いつの間にか正座をしていた。
 そして、一息つくとそのまま土下座した。
「お願いします、グレリアさん! 私にディアブロの事を教えて下さい! 確かに私はフリーのライターですが、仕事としてだけではなく、私個人の好奇心で彼の事が知りたいのです! 同じ日本人として……、なぜ彼が大量破壊兵器を所有し、アメリア、ヨーロッパでテロリストと呼ばれる様になったのか……、そしてなぜ発展途上国の人々は彼を神と崇めるのか……、それをどうしても知りたいのです!」
 彼はこの土下座という行為が、スペイン出身のアメリカ人であるグレリアに通用すると思った訳ではない。しかし、彼は夢中で頭を下げた。考えるより先に体が動いていた。
 暫く八田は頭を下げた体勢のまま動かなかった。
 そして八田が再度頭を上げた時、彼は彼を真っ直ぐ見つめていたグレリアと目が合った。八田はその瞬間目を逸らしそうになったが、ここで目を逸らしては負けだと思い、じっとグレリアの目を見つめた。
 何も無い部屋で、男二人は見つめ合った。
 グレリアは八田の目を見ていたが、遂に根負けして目を逸らしてしまった。
 また、暫くの沈黙があった。
 そして、グレリアの口から、クククと笑いが漏れた。
「ディアブロは……」
 グレリアの口が開いた。
「ディアブロはテロリストなんかじゃない」
「ミスターグレリア……!」
「勘違いするな! 俺は、あいつがただのテロリストだと思われるのが我慢ならないだけだ。確かにあいつの通り名はディアブロだが、その名は俺が付けた物だ。本当のあいつはディアブロと呼ぶにはほど遠い男だよ」
「で……では、あなたはどうして彼にディアブロという名を付けたのですか?」
「ふん。それはあいつのトレード能力が悪魔じみていたからさ。あれは人間業とは思えなかった……。あんた、フットボールは好きかい?」
「フットボール? あの……、アメリカンフットボールの事でしょうか?」
「馬鹿か! フットボールと言えば、サッカーの事に決まっているだろうが! これだからポンハは……」
 グレリアは残念そうに首を振ると、ジャックダニエルを一口ラッパ飲みした。
 スペイン語圏の国ではフットボールと言えばアメフトではなく、サッカーの事を指す。しかし、ヘッジファンドの暴君にいきなりサッカーの話をされて八田は戸惑った。
 因にポンハというのは、スペイン語での日本人に対する差別用語である。英語でジャップに相当する言葉だ。