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アイラブ桐生 12~13

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 もうすこしで群馬との県境 、というところでレイコが車を止めました。
さすがに疲労の色は隠せません。
「すこし、寝る」と、今度は自分から後部座席をかたずけ、
毛布を抱えこむとで、そのままコロンと横になってしまいました。
「川内の実家まで、お願いネ」とひとことだけを言い残します。
あとは、あっというまに、深い眠りに落ちていきました。


  注)川内というのは、桐生市内の地名のひとつ。
    市内西北部にある、人口の少ない山間の地名です。



 「なんで・・・川内?」

 レイコの住まいは市街地の山の手です。
川内にあるレイコの実家には、今明治生まれのお婆ちゃんが
たった一人で暮らしています。
なんで、そこに行くのでしょうか・・・
聞こうにも、もうレイコは静かな寝息をたたて深い眠りの中でした。



 碓氷峠は難所をほこる峠です。
いまでこそ迂回のバイパスが完成をして
快適に峠を越すことができますが当時はまだ道幅は狭い上に、
勾配はきわめてきつく、右に左にと曲がりくねっていました。

できれば走りたくない、と思う峠道の代表格です。
この県境から、やく2時間半で桐生です。
桐生に到着するまでは、栃木県との県境ふきんまでの平たん地を
ひたすら東を目指して、群馬県内を横切っていきます。


 三方を山に囲まれている桐生市では、
市内への入口を足尾から流れてくる渡良瀬川が、
通せんぼうをするような形で西から東南部へ流れています。
この渡良瀬川を渡ると、すぐに分岐点があります。
直進をすればそのまま市街地ですが、レイコの実家のある
川内へいくためには、ここを左折してから、
さらに山間の細い路をダラダラと登ります。


 舗装の道路はつづいていますが
山との距離が近づくにつれて、道幅も徐々に狭く変わります。
市内循環バスが折り返す最終のバス停を過ぎると、
道路は砂利に変わります。
北関東のほとんどが眺望できる高嶺のひとつ、鳴神(なるかみ)山への
登山道をかねた道ですが、同時に点在する集落をつないでいる
唯一の生活道路です。



 道がさらに狭くなり、
勾配がきつめに変わってくると道路のすぐ脇には、沢が現れます。
この沢は、このまま登山口まで寄り添うように続いています。
その登山口のすぐ手前に一軒だけ残った家、それが
レイコのおふくろさんの実家です。



 子供の頃、夏休みに入ると
よく遊びに連れてきてもらった市内からは、一番近い避暑地です。
レイコや、初恋のお相手M子も一緒でした。
昔の情景をそのままに、沢に点在するあちこちの岩場には、
幼いころの思い出がたっぷりとしみ込んでいます・・・・
遊び場というよりも、幼いころから馴染んで親しんだ、
庭同然ともいえる、すこぶる懐かしい風景です。



 切り立った急斜面にしがみつくようにして建つ、
茅葺の屋敷が見えてきました。
おばあちゃんの住むレイコの実家です。
沢に沿って石垣を積み、上下に仕切られた大小二つの池が出迎えてくれます。
この2つの池には、いつでもヤマメが、
時計回りに黒い群れをなして泳いでいます。
渓流での魚釣りが大好きだったという、おじいさんが丹精をこめて
作りあげた、きわめて自慢の池でした。


作品名:アイラブ桐生 12~13 作家名:落合順平