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アイラブ桐生 12~13

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 富山を通過したあたりで、
もう陽がすっかりと落ちてしまいました。
漆黒の闇に変わり、どこかの小さな市街地を抜けてしまうと、
あとはどこまで走っても、路面を照らすヘッドライトだけの
世界になってしまいました。
時折、対向車が来るものの、前にも後ろにもまったく車の姿はありません。
聞こえてくるものは、波とエンジン音だけになりました。


 来るときも、こんなに静かだったかなぁ・・
通り過ぎる集落から次の集落までの距離が、途方もなく長いものに感じます。
すれ違う車も無く、人家も街灯も見当たらない、
闇に包まれた真っ暗な国道だけがどこまでも続きました。
最後はなんとなく、あっけないと思える幕切れでした・・・・
また夜通しを走って群馬まで帰るか、そう覚悟を決めて、
次の煙草に火をつけていた時です。





 「もう、帰り道?」

 レイ子が起きてきました。


 「うん・・」 とだけ短く答えました。
レイコの指が伸びてきて、私の口元からくわえたばかりの
煙草を抜き取ります。



 「ごめんねあなたを、振り回しばっかりで・・」


 一口だけ吸ってから、また私の口元に戻してきます。
「要るだろう、」と・・・胸ポケットから取り出した煙草の箱を、
助手席のレイコに手渡しました。
「ありがとう」レイコが両手でそれを受け止めます。
私の左手は煙草の箱ごと、温かいレイコの指先に包まれました。
いつまでたってもレイコは、指を離そうとしません。
前方を見る限り、道はどこまでもまっすぎに続きそうな気配がしています。
レイコに握られた左手は、しばらく放置することにしました。


 


 「なんで上手くいかないんだろう・・・・私たちって。」

 レイコが指を離しながら、
聞かせたくないほどの小さな声で、ぽつりとつぶやきます。
私も、聞こえなかったふりをして「何か言ったか?」と聞きなおします。



 「べつに」
 
 レイコも無造作に答えます。
車窓の暗い海面へ顔を向けたレイコが、目元をそっと拭いました。




 「探し物が見つかって、良かったね。」

 「ふと、思い出したんだ。
 私のおばあちゃんが、お嫁入りのときに加賀友禅の着物で来たという話を。
 ずいぶんと遠い昔のことで、たったひとつの想い出の品なのよ。
 似たような絵柄の小物が、どうしても欲しかったの、
 大好きなおばあちゃんへのプレゼントとして。
 でもさ、それもあるけど、
 本当は・・・
 わたしとあなたが此処まで来たという記念が、
 私は、どうしても欲しかった。」



 「おばあちゃんへのお土産じゃなくて、
 俺たちの、記念品と言う意味?」


 「ううん・・・・ただの私の、こだわり。
 まだ今のあなたには、なんの関係もありません。
 あなたと正式に、お付き合い始めたという訳でもないし、
 何か将来の約束をしたわけでもないんだもの。
 今日は、ここまで来たぞっていう、私だけの記念が欲しかったの。
 そういう意味しかない、それだけの買い物です。
 ・・・・たっぷり歩かせてしまって、ごめんなさい、
 今日だけは、どうしても、自分が納得をするための買い物がしたかったの。
 自分の気持ちが納得するまで、ずっとあなたと歩きたかったの、
 買い物が終わったら、もう帰リ道が始まってしまうんだもの。
 ・・・・ごめんね、
 私ったら、ずっとつまんない女のままで。」


 「そんなことはないさ、レイコ。
 お前っは、いい女だと思うよ、おれも。
 そうだよなぁ・・・
 俺たちはもう15年になるんだ。」


 「15年かぁ。そうよね。
 15年もかかったというのに、
 一緒に二人だけで居られたのは、
 ずっと前に、東京へデモ行進に行った時と、
 今回の能登と、この金沢だけだもの。
 また、あっというまに過ぎちゃうのかしら、
 私たちの時間。」

 「やっぱりな・・・
 やっぱり、何んかがあったんだろう、レイコ。
 そんなに一人で頑張るなよ。
 俺に、言えよ。力になる。」


 「嫌。 
 絶対に、あんたにだけは、言わない。
 でもさ・・・・その気持ちには、ありがとう。
 だけどお願いだから、今はそれ以上は聞かないで。
 ここまで連れて来てくれただけで、もう充分に感謝をしてる。
 後は時間が解決をすると思うし。
 大丈夫だょ、
 本命でもなかったし、ただの遊びだもの・・・
 保母の勉強も本気でやらなきゃいけない時期だしね、
 めそめそしている場合じゃないもの。でも、本当にごめん。
 あなたには、何もしてあげられなくて・・・。」


 「こうしていられるだけで十分だよ」と、言おうとした矢先、
独り言のように、またレイコがポツンとつぶやきました。


 「でもさぁ・・・・
 たぶん、ず~うと上手くいかないと思うよ・・・
 (なんですれ違ってばっかりいるんだろ、長い間・・・)
 あたし達って。」
 
 あっと、本音の自分に気がついて、短く声を出したレイコが、
思わずコホンとひとつ空咳をしました。

 「眠くなったら言ってよね、そこで運転を変わるから・・」


 「あいよ。」
 と、こちらも素っ気なく答えてから、
ゆっくりともう一度、煙草の煙をはきだしました。


 レイコも、新しい煙草に火をつけています。
深く・静かに吸い込まれた煙は、やがてゆっくりと
紫色のたなびきとなって車窓の景色に溶け込みながら、
平行線を引いて消えて行きます。
お互いに、これから長い帰り道が始まることを、
確認しあっているような、そんな気もした、
暗黙の仕草の交換でした。




作品名:アイラブ桐生 12~13 作家名:落合順平