20日間のシンデレラ 最終話 私の本当の気持ち…
玄関のドアを手で持って、外から自分の部屋を眺めている花梨。
すっかり綺麗に整理整頓されている。
何かを決意したような目をしながら、ぼそっと一言。
花 梨 「行ってきます……」
そしてゆっくりとドアを閉める。
ばたんっとドアの閉まる音。
〇新幹線
車内アナウンス 「今日も新幹線をご利用下さいましてありがとうございます。 この電車はのぞみ号新大阪行きです。 途中の停車駅は品川、新横浜、名古屋、京都です……」
ざわざわと騒がしい車内。
一人、窓から過ぎていく景色を眺めている花梨。
花 梨(語り)「小学校を転校した私は県外の小学校で一年過ごし、後は中学、高校とごく普通の学生生活を過ごした。 もちろんごく普通というぐらいだから、人並みに彼氏もできたし新しい恋もした。 けど陸の事がずっとひっかかっていたのは確かで……高校を卒業した私は何を思ったのだろう、思い切って急に環境を変えたくなった……どこか陸の事をふっきりたかったってのもあったかもしれない……全く知らない町、全く知らない人……そしてその中で昔からの夢だったお花屋さん……今はやりたい事も微妙に変わって呼び方も少し格好よくなってしまったけどフラワーデザイナーを目指そうって……そして二年前から東京で一人暮らしを始めた。 小さな花屋さんで働かせてもらえるようになって、今はフラワーデザイナーの資格を取る為に勉強してる。 夏美をはじめ、たまに連絡をくれる地元の友達が懐かしくてその気持ちが東京で一人ぼっちの私の支えになっていた…………段々記憶が遠くなっていく……今から陸に会いに行くっていうのに…………どんな陸が好きだったのか思い出せない……私の気持ちが思い出せない……あんなに好きだったのに……あんなにいつも一緒にいたのに……なのに……あんな別れ方ってないよね……私ってほんと馬鹿だ…………」
〇居酒屋
入り口の前で突っ立っている花梨。
中から騒がしい声が聞こえてくる。
花 梨(語り)「この扉を開ければ陸がいる……」
なかなか中に入れずにいる花梨。
花 梨(語り)「怖い…………怖い…………いや……逃げちゃ駄目だ……ちゃんと向き合うって決めたじゃない……」
一回深呼吸をする花梨。
ゆっくりとドアが開く。
花 梨 「ごめーん、遅くなっちゃって」
夏 美 「しーっ」
遅れて入ってくる花梨に静かにするよう合図をする夏美。
思わず口を押さえる花梨。
陸は花梨がいる事にまだ気づいてない。
荷物を下ろし、一人立っている陸を見つける。
真っ直ぐ陸を見つめる花梨。
陸 「みんな……校内学芸会を覚えているよな……」
花 梨(語り)「涙が出そうになった……そこにいた陸はあの頃よりも見違えるように大人っぽくなっていて……格好よくて……胸が締め付けられるみたいに苦しかった……」
花 梨 「久しぶり……」
陸 「あぁ、久しぶり……来てくれたんだな……」
花 梨 「うんっ……あっ、隣いい?」
× × ×
陸 「何か……変わったな」
花 梨 「そうかな? 自分では全然分からないや。 私は陸のほうが変わった気がする」
陸 「変わって……いや……」
言うのを途中でやめて、急に真剣な表情になる陸。
何かを考えている様子。
次第に笑みを浮かべ、
陸 「少し変わったのかもな」
陸の目を見ながらうんうん頷いている花梨。
花 梨 「そうなんだ……今は何してるの?」
何も迷いがないような自信に満ちた表情の陸。
少年のように生き生きと瞳を輝かせて一言。
陸 「絵本作家だよ」
花 梨(語り)「あの頃と同じような目をしている陸を見て、私は不安も緊張も一気にどこかへ飛んで行ったような気がした……そしてエールを送るように、微かな希望をこの先の自分に託してみたんだ……」
〇小学校 校門前(深夜)
ふらふら歩きながら笑い声をあげている花梨と陸。
花 梨 「ははは……笑いすぎてお腹痛いよ……」
陸 「お前、信じてないだろ? 本当にあの校長がカツラはずすとこ見たんだって!」
顔を赤く染めている二人。
時計を確認する陸。
陸 「花梨、帰らなくて大丈夫なのか? もう二時半だぞ……」
花 梨 「明日、休みもらってるから大丈夫だよ。 それよりどこに連れて行くつもり? みんな二次会行っちゃったよ?」
陸 「いいから、いいから」
にこっと笑う陸。
しばらく歩いてその場に立ち止まる花梨。
驚きながら、
花 梨 「あ……そっか……」
花梨の視線の先には、二人が過ごした小学校が。
小学校を囲っている壁をよじ登ろうとしている陸。
花 梨 「ちょっと! あんた何やってんのよ?」
花梨の方を振り返って、
陸 「入ろうぜ!」
満面の笑顔の陸。
一瞬、困った顔をするも結局、陸の後に続いて小学校に入る花梨。
〇小学校 運動場
朝礼台の上に隣同士で腰掛けている陸と花梨。
あたりは静かで人の声もほとんど聞こえない。
少し冷たさを感じる風が二人の間をすり抜けていく。
決して何か気まずいような空気ではなく、ごく自然に二人の間に沈黙が流れている。
花 梨 「何か……懐かしいね……」
遠くを見つめながら、話し始める花梨。
陸 「そうだな……」
花 梨 「あの日、覚えてる? 私が中学生に絡まれててさ……陸が大声あげて助けに来てくれたの……」
懐かしそうに笑顔で、
陸 「覚えてるよ……結局ぼろぼろにやられて、格好悪かったな……俺」
花 梨 「ううん……そんな事ないよ……だって……」
急に黙る花梨。
陸 「……どした?」
首を横に振って、
花 梨 「へへっ……何でもない……」
急に何かを思い出したように鞄をあさる陸。
陸 「……お前、結局埋めれなかったんだよな? タイムカプセル……」
鞄の中から手紙を取り出す。
十年前の陸から現在の陸に届いた手紙。
少し寂しそうにその手紙を見つめながら、
花 梨 「うん……でも仕方ないよ……六年四組に私はいなかったんだし……それより何て書いたの? ねぇ、見せてよ」
陸が持ってる手紙を奪おうとする花梨。
陸 「わっ! 馬鹿、やめろ……ってか絶対、お前には見せられないって!」
必死で抵抗する陸。
突然、動きがぴたっと止まり真剣な表情になる。
陸 「あれ……」
不思議そうな顔をする花梨。
花 梨 「どうしたの?」
ゆっくりと手紙を開ける陸。
そしてその中に手を入れ何かを取り出す。
覗き込むように陸の手に注目する花梨。
ゆっくりと握っていた手を開く陸。
急に言葉を失う二人。
そこには記憶が書き換えられる前、花梨が陸に渡したミサンガが。
青と黄色の糸で丁寧に作られている。
沈黙。
黙ったまま全く動かない二人。
作品名:20日間のシンデレラ 最終話 私の本当の気持ち… 作家名:雛森 奏