もう一つの部屋
「ありがとうございます。三冊で五百五十円です」
三冊で百円の棚から取った本なのに、その金額はおかしかった。しかし、高槻は五百円硬貨と五十円硬貨を、ジーンズのポケットから探し出して支払った。不本意だったが、気が弱いので争いに勝つことはできないのだから仕方がない。殊に眼が美しいその女性は、三冊百円のコーナーがあることを恐らく知らないのだ。高槻はそれを教えてあげたいとも思うのだが、心臓が破裂しそうな状態になっているため、断念して店をあとにした。
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五年が過ぎた。高槻啓太がタクシーの乗務員になってからは一年が過ぎていた。道路などの知識はまだまだだったが、カーナビのおかげでどうにか仕事をすることができた。その日の早朝のまだ暗い時間に、隣の住人が大通りで乗車した。行き先は空港である。