もう一つの部屋
「あ、隣のひと」
女性店員は驚いている。高槻のほうも驚いている。自分が隣の住人であることを、どうして知っているのだろうか。
「……え?そ、そうです」
「わたしね、ここの店主の娘で、今日は両親が出かけたいということで、ピンチヒッターなんです。本当はキャビンアテンダントをしています。ご旅行はぜひOO航空でお願いしますね」
キャビンアテンダントは素晴らしい笑顔でそう云った。
「はい……」
「お客さまは?お酒はお強いんですか?」
「……強いかどうか……たくさん飲んだことがありませんから……」
「じゃあ、今夜、一緒に飲みましょう。強いかどうか、判定してあげますよ」
「ウィスキーの水割りですか?」
「ええ、手ぶらで来てくださいね」
それは彼が夢想した会話だった。そんなことが現実になる筈がない。ただ、その美人が数時間前に隣のベランダに居たことは事実だった。