もう一つの部屋
高槻は同性と親しくなったこともなかった。仕事仲間との会話は必要最小限の範囲を決して出ない。孤独だった。彼には親も兄弟もなかった。彼は幼いころから親戚の家に預けられて育った。母の姉が親代わりだった。そして、その夫と、三人で暮らしていた。伯母夫婦に子供はなかった。伯母の夫は膨大な規模の大地主のひとり息子で、所有する緩やかな傾斜の山林に道路を整備し、別荘地や別荘の建て売りを販売する不動産会社を経営していた。現在の資産は数百億円だという噂を、彼は最近になって聞いた。
高槻は小学校を出てから高校を出るまでは別荘のひとつに単独で棲んでいた。光熱費や学費は伯母夫婦が払ってくれていた。食料は近くの農家から届いた。高槻は中学生になってから今日に至るまで、ずっと自炊をしていた。
高槻は高校を出るとひとり住まいの別荘から追い出され、都会に出て就職した。仕事は伯母の夫が世話してくれた住み込みの新聞配達員である。もう十年以上も、彼はそれで生活している。老朽な木造アパートから移って来ても、彼は相変わらず自炊生活をしている。