有刺鉄線
vol.4 欲望
土曜日の深夜遅く、藤崎が事務室の鍵を掛けて帰ろうとした時、ふと隣室の小さな明かりに気づいた。消し忘れたのかと覗きこむと、備え付けの小さなベッドに人の気配がある。胸騒ぎを覚えた藤崎はベッドに近寄り、盛り上がった毛布を僅かに捲った。
圭佑だった。以前、彼が呼吸停止で倒れた時に運び込んだのがこの部屋だったのだが、いつの間に入り込んだのか。まるで遊びに疲れた子どものようにぐっすりと眠り込んでいる。
寝息は静かで吐く息に酒の匂いはない。閉じられた睫やかすかに開いた唇に目を落とした。だが、いつまでも見てるわけにもいかない。
「圭佑。なんでこんなとこにいるんだ?起きろ」
ううん、と言って目を擦り薄く瞼を上げる。「あれ、藤崎さん。仕事終わった?」
「のんきな奴だな。終わってもう帰るとこだ。おまえも帰れ」
圭佑はのろのろとベッドの上に起きあがり、あくびをする。「じゃ、一晩ここにいさせてよ。帰るとこがないんだ」
「何を言ってるんだ。家があるだろう。親御さんが心配してる。早く帰れ」
「親父はどっかの女を連れ込んでから、家に帰りたくないんだよ」そう言った圭佑の顔は笑っている。が、語尾がかすかに震えた。藤崎はふと胸を突かれる。
「そうか。じゃ俺の家に来るか」つい出てしまった言葉に自分でたじろいだが、圭佑は待ってましたと言わんばかりの表情で素早く答えた。
「いいの?なんか食うもんもある?俺腹が減って」
マンションの自宅に戻ると藤崎は残り物の飯でお茶漬けと冷蔵庫のハムを切り焼いてやった。
「美味そう。そう言えば前もしてくれたけど、料理上手いんだね」
「切って焼いただけだ。こっちは粉を掛けてお茶を入れただけ」
「でも判るよ。それに最近まともな飯食ってないから」
「飯を食わないと体力がつかんぞ。高校一年で注目されているサッカー選手と聞いたが」
圭佑はへえ、と笑い出した。「なんで知ってんの。どこで調べたのさ」
「まあ、色々とな」
「じゃ、家のことも聞いた?」
「少しは」
「ふうん。じゃ説明が省けていいや」本当に腹が減っていたらしく圭佑はあっという間に出されたものを片付けてしまった。「ごちそう様」
藤崎は風呂もまだだという圭佑にシャワーを使わせている間にソファを用意してやった。
タオルを巻いただけで出てきたのを見て腹を立てる。
「風邪引くぞ。パジャマを置いていただろうが」
「うん。後で着るけど、藤崎さんが今やりたいなら、俺かまわないけど、と思って」簡単な調子で話す圭佑に藤崎は一瞬戸惑った。
「ふざけるな」
藤崎は怒鳴り、脱衣所からパジャマを取ってきたかと思うと圭佑の頭に叩きつけた。
「いいか。俺はおまえみたいなガキには興味ないんだ。かわいそうだと思ってかまっていれば、聞いた風なことを抜かしやがって。服を着てさっさと寝ろ」
圭佑はパジャマを抱えて赤くなった。「ご、ごめんなさい。俺、ただ・・・」
「ただもくそもない。黙ってろ」
そそくさとパジャマを着て毛布に潜り込む圭佑を尻目に藤崎は浴室に入った。
シャワーを最大にして頭から水を被る。
自分のモノの勃起を抑え込むのは容易ではなかった。仕方なくその場で自慰をするしかない。
あのガキが。
できるものならこのまま圭佑のソファへ行き、欲望を吐き出したかった。あの子もそれを許しているのだ。何がいけない?
だが、藤崎は圭佑に触れることを禁じていようと自分に何度も繰り返し言い聞かせた。
時間を掛けて身体を洗い、部屋に戻るとソファからは再び安らかな寝息が聞こえていた。藤崎は傍の椅子に座り、缶からピースを取り出し火を点けた。