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有刺鉄線

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vol.11 常識


「フェイドTOブラック」の雰囲気が変わった。
カウンターに圭佑が立つようになってから店内にはどこか艶めかしさが漂っている。
客の殆どが圭佑をなにかしら値踏みしているのは明らかなのだが、彼の場合は承知で対応ができる、というより楽しんでいるのが判る。

遅い時間に入って来て圭佑の前に座り、おもむろに煙草を取り出す中年の男性がいる。
「こんばんは、ナカさん。今日はいつもより遅いんですね」
圭佑の笑顔に微笑み返す。
「今日はなにかと立て込んでてね。早く帰ろうかと思ったんだが、最近はここで一杯飲まないと却って疲れる気がしてね」
「それは大変でしたね。どうぞゆっくりしていってください」
人懐こく微笑む圭佑に好色な視線を向ける客は男女問わずに増えてくる。圭佑は思わず見惚れてしまうようなしなやかな指を持っていて、その手を使ってビールを注ぎ、氷を挟み、カクテルをシェイクし、ステアする。その動作が見たいと騒いで注文をする女性客、それをこっそり見ている年老いた男性客もいる。
身体の線を露わにするぴたりとしたウェイター服が様になっている。形のいい尻の切り込みに手を差し入れる客がいても難なくさばいて笑わせることができるのを藤崎は横目で見ている。




毎日のように、圭佑が時間ぎりぎりで店に飛び込んで来てはカウンターの裏の狭い部屋で服を脱ぐ。着替える時に見える半裸の体の線は藤崎を刺激する。
いつの間にか、胸元で揺れるペンダント、不相応な腕時計、凝ったデザインの指輪など身につける装飾品が増えて来ていた。脱ぎ散らかす服もひと目見て高価なものだと判るようになっている。それらがすべて店にくる圭佑目当ての客たちが彼の微笑みかキスか、或いは一夜の相手の見返りとして買い与えているに違いなかった。だがそれを行う時に圭佑がこっそりクスリをやっていることを藤崎は見抜いていた。

馬鹿な奴だ・・・

と藤崎は悲しく思う。
圭佑がどんな笑顔を見せていても、酔客を軽くあしらっている時も、眼差しを唇を或いはそのしなやかな筋肉を持つ身体を好色な年増女や男たちに与えている時でも、思い続けている相手はただひとりの男だと藤崎には判っていた。
例え、藤崎が圭佑と一夜を共にできてもその思いの中には入り込めないのだ、と。
何故、他には調子の良い圭佑があの男にだけは不器用になってしまうのか。
それほどまであの男だけを慕っている圭佑が愛おしくもあり、妬ましくもあった。




ある日、藤崎が早めに店に入ると、奥の部屋で何やら人声がするのに気づいた。僅かにドアを開けてみると事務を執る机に圭佑が腰掛け男が覆い被さっている。
それは店によく来る客で、何度も圭佑にアクセサリーやらなにやらを貢いでいる40歳ほどの男だった。圭佑のシャツを煩そうに引っ張り上げ、平らな腹や小さな飾りのようについている乳首を擦りまさぐっている。圭佑も男の髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜたりしてはいるが嫌がっている様子ではない。男が圭佑の穿くジーンズを下ろそうとする時も腰を上げて手伝い、グレイに濃いブルーの線が入ったボクサーパンツは勃起したペニスがくっきりと形作られている。男が圭佑のペニスを咥え、その頭が上下し始める。圭佑は顔を仰向けて目を閉じ、男の服を掴んで快感に酔いしれているのが判った。藤崎はドアを閉め、店の掃除を始めた。





「圭佑。店でやるのはよせ」
藤崎が声を出したのは、男が裏口から出て行き、圭佑が何事もなかったかのようにカウンターの中に入って布巾を洗い始めた時だった。
驚いた表情をした圭佑は藤崎の言葉の意味を悟り、渋面を作った。「やだな。見てたの?」
「嫌なのはこっちだ。ここでやらんでもできる場所はいっぱいあるはずだ」
圭佑は諦めて笑い出す。「そうなんだよ。俺もそうしようって言ったんだけど、あいつがあそこでやると誰か来るようで興奮するって言うから。来るのって藤崎さんなのに。怖いもの知らずだよね」圭佑は藤崎の顔を見た。「てか、どうせなら入って来て脅してくれるとよかったのに」
「やりたくなかった、っていうのか?」
圭佑は肩をすくめる。「やりたくないよ。あんな奴と」
藤崎はため息をついた。「やりたくないような奴とやるな」
「う・・・ん」圭佑は口ごもる。「藤崎さんは・・・俺とはやなの?俺、もう子どもじゃないんだけど」
「おまえはいつまで経っても子どもにしか思えん」
「じゃ、俺のこと、嫌い?」
顔を上げて圭佑を見ると、いつになく真剣な眼差しで寂しげにすら思えた。藤崎は動揺している。
「判らん奴だな。おまえはガキで、ガキの癖に女房持ちでしかも他に一途に思ってるヤツがいるだろう。俺にまで手を出すな」
圭佑はふふっと笑う。「へえ。案外、常識人なんだな、藤崎さんは」
罠から逃れられたかのように藤崎が安堵する。「俺は常識人だよ、誰よりもな」

店の扉が開く音がし、今夜、酔う為の客が入って来た。


作品名:有刺鉄線 作家名:がお