アイラブ桐生 9~11
日本海側で、北陸の漁村や寒村の風景といえば、
おそらくこんな景色のことを指すのだろうと思いました。
これといった特別のものは何ひとつとして見当たらないというのに、
妙に心が落ち着く、そんな光景です。
右手には日本海の外洋がどこまでも横たわり
三角の白い波とうねりを見せながら、青空と溶け込む果てまで続いています。
左手側には、低く続く丘陵地帯が幾重にも重なったまま、まだその先へ
延々と続いていく様子が見て取れます。
その真ん中の空間に、小さな入り江がひろがっています。
真夏の太陽に照り返された、細く頼りない道が少しずつ、
ゆるやかに折れ曲がりながら
その入りまで降りて行く様子が見えました。
細い堤防に抱かれた、小さな入り江の周囲には、潮風にくすみきって
すっかり色あせた瓦屋根と、錆びたトタン板の屋根たちが、
仲良く肩を寄せ合いながら立ち並んでいます。
この小さな集落を過ぎてしまうと、次の丘陵をめざして
道路はまた登り始めます。
ゆるやかな傾斜を斜めに横切りながら、道が見え隠れに進みます。
その先には、もう人家も畑も見えません。
この道の先にあるのは、未開の地というような
雰囲気さえもありました。
しかしこちらの入り江でも、まったく人の気配がありません。
聞こえてくるのは、セミの鳴き声と、かすかな寄せてくる
波打ち際の音だけでした。
「ほんと、静か・・・」
隣へ座り肩を寄せてきたレイコの口もとが、
こころなしかに、ほんおりとピンク色に濡れています。
よく見ると、指先の煙草の吸い口にも、
ほんのりとピンクの色が滲んでいました。
(あれ、こいつ、いつの間にお化粧を・・・)
そういえば、少しだけまどろんで目覚めた時に、ほんのりとかすかに
車の中で、甘い香水の香りがしていたことを、ぼんやりと思いだしました。
レイコも昨夜から、お化粧をする気持ちの余裕が無いままに、
ただ一直線に、私と一緒に、能登半島の東海岸まで走り抜けてきたのです。
またまた、どうでもよいようなことを寝不足の頭でグダグダと
模索をしかけた時に、
レイコが再び、何かを見つけました。
作品名:アイラブ桐生 9~11 作家名:落合順平