アイラブ桐生 9~11
小高く切り立った丘がひとつ、
前方から壁のように立ちあがってきました。
急傾斜の直前まで達した道路は、いままで寄り添ってきた海岸線からは、
未練たっぷりに進路を変えた後、やがて徐々に離れはじめます。
急斜面を斜めに登り始めた道路は、丘の中腹を半周したあとに、
ふたたび進路を頂点に向けて、一気に最高点を目指しての直登を始めます。
見た目以上に、最高点までは距離がありました。
頂点付近で振り向いたときには、通り過ぎたそれまでの景色が
まるで箱庭のように眼下に広がっていました。
「けっこう小高い丘だったわね、見た目よりも遠かったもの。
まったく手こずらせて・・・
ねぇ、 見て見て、あれっ!。」
登りきったとたんに顔を前に向け、前方の海へ目線を落としたレイコが
突然、大きな歓声をあげはじめます。
眼下には、静かな入り江に囲まれた、ごくありきたりの
小さな漁村が現れました。
入り江も自体も、ささやかすぎる大きさです。
人一人が歩くのがやっとと思われるほど細すぎる堤防が、
両腕を伸ばし様な形でほんのわずかな隙間だけを残して、
両岸から中心部にまで伸びています。
波一つない湾内は、静かに太陽の光を照り返しています。
入り江を取り囲む真白の砂浜には、10隻あまりの小舟が引き上げられたままで、
小さな発着用の桟橋には、操業中なのか、船の姿が有りません。
どこを見回してみても、どこにも人の姿はありません・・・・
「ちょっと・・ねぇ、 素敵!。
ネェ、停めて。」
レイコが反応をしました。
時刻は、午後3時を少し過ぎたところです。
炎天下を避けて、木立ちのある木蔭まで車を移動をさせました。
小さな入り江を見降ろすために、ドアを開け放したまま
レイコが煙草に火を付けました。
作品名:アイラブ桐生 9~11 作家名:落合順平