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アイラブ桐生 9~11

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 「お腹、すいたね」
 レイコが、ポツンとつぶやきます。



 大きく入り江を回り込んんでいく道路のはるか先に
キラリと屋根が光っている、ドライブイン風の建物が見えました。
とりあえず、休憩と決めて道を急ぎます。
寄りこんだのは、地元の海産物を扱っている漁港のお土産処でした。
なんでもいいさ、身体を伸ばして休めるのなら・・と
背伸びをしながら裏手へ回ったところで、思いもかけない
地元の絶景が、目に飛び込んできました。



 「へぇぇ・・」


 思わずフェンスに両手をついて、海に向かって身体を乗り出しました。



 足元から一気に削りとられた断崖が、
その急角度を保ったまま、海の中へと吸い込まれています。
真っ白い海底の砂のひろがりの中に、青い海藻と黒茶色した岩礁がどこまでも交互に
重なりあいながら、はるか沖合にまで縞模様を織りなしていました。
水の色さえも感じさせない、これほどまでに透明な海の様子を見るのは、
生まれて初めてともいえる経験です。




 「わぁ、絶景!」

 海面を覗きこんでいる私の右脇の下から、レイコが
ひょっこりと顔をのぞかせました。 お前、そんなところから・・・・



 「吸いこまれそう・・」


 わきの下をくぐり抜けたレイコが、私の身体の前へ回り込んできました。
フェンスに両ひじをついた瞬間に、思い切り元気よく身体を前に乗り出します。
窮屈な態勢のまま、私の懐にもぐりこんでいるレイコは、
息を止めたまま、そのまま海面に眼を凝らしています。
目をクギつけにしたままの密着しているレイコからは、
ほのかに甘い香りがします。
やがて潮風の中には、懐かしい思いものせて、かつて嗅いだ覚えのある、
レイコの洗いたてのような髪の匂いも混じってきました。



 「おまえ、大胆だなぁ・・・」

 「迷惑?」

 否定はできませんが、しかし肯定することもできません。

 「田舎じゃあ、できないもんね・・・」

 「・・」


 それも、どこかで聞いた覚えがありました。
古い記憶をたどりながら、それがどこであったか思いだそうとしていると・・・・

 「ごはんに、しましょう!」



 なんの前触れもなく、クルリと振り向いたレイコの顔が、
触れてしまいそうなほんの数センチといえるほどの、至近距離に現れました。
レイコの瞳が一瞬だけ、私の瞳を見つめて止まったような気もしました。
が、次の瞬間には、左の脇の下をするりとくぐり抜けてしまいます。



 「お腹すいたぁ~」


 またそこで一回転をしながら髪をなびかせて、レストランを目指して、
軽快に走り去って行きました。

 何だったんだろう今・・・と考えながら、
もう一度、海底まで夏の日差しがとどいている海の様子を目におさめてから、
レストランの入り口で元気に手を振っているレイコに向かって
ゆっくりと歩き始めました。

(10)へつづく


作品名:アイラブ桐生 9~11 作家名:落合順平