携帯電話
高見沢はもう震えがきて止まらない。
「ゴメン、ゴメン、もうカンニンしてよ。ちょっと友達と二次会でクラブに来ただけだよ・・・浮気下心なんて一切ございません。
これはサラリーマンの血と汗と涙の辛い仕事の延長で、
そう、業務の一環なんだよ。
とにかく直ぐ帰らせてもらいます」と、もうボロボロ。
高見沢はケイタイを思い切り切った。
そして、名残惜しそうな表情で、ママとハナちゃんに伝える。
「それはそれは複雑で、解決し難い・・・言うに言われぬ急用が出来たよ。
ちょっと失礼させてもらうから」
「あっらー、奥さんと何かあったのでしょ・・・私達を見捨てて、冷たい男ね」
そして友人達からは。
「えっ、高見沢、もう帰るのか、お前はいつも突然に何かが起こる男だなあ。
そうなんだ、本質的に付き合いの悪いヤツなんだよなあ」
全員からの一斉のブーイングだ。
「皆さん許して下さい。
この償いはきっとどこかで致しますから、今宵はカンニンして下さい」
高見沢は謝り放しだ。
そして高見沢は、加速度的に薄くなってきている後ろ髪を引かれる思いで、とにかく滅多にしか行けない高級クラブから飛び出した。
緊張した顔付きでふらふらと歩いている。
妻の夏子の機嫌を・・・
どのように直させてもらったら良いのだろうか?
アルコールでふやけ切った脳内を、いろいろな対策案がぐるぐる巡って行く。
しかし、妙案が見付からない。
結局は、悩みに悩み抜いて・・・
夏子の好物の・・・超高級・・・鯖寿司を大枚三本も買い込んだ。
そして今、
その鯖寿司を後生大事にしっかり抱きかかえて、夜の蝶舞う花街を、
実に悪酔い気味に家路へと急いでいる。
滅多にしか遊びに行けない高級クラブ。
高見沢はこのチャンスを逃し、「クッソー」と、自分の不運を目一杯嘆いているのだった。