カシューナッツはお好きでしょうか?
78.カエデ
私は自分の部屋に7日間ずっと引きこもっていた。そして、アイドル『クリスタル』の『ミミ』さんについて、いろいろと考えていた。
私がアイドルに興味を持つきっかけとなったのは、占いアイドル『クリスタル』の『ミミ』さんだった。テレビの向こうに住む、美しい女性に、当時7歳の私は純粋に憧れた。
“憧れ”のエネルギーはすさまじいもので、小学生の私はお小遣いを必死にためてCDやアイドル雑誌を買いあさった。ミミさんが出演したテレビ番組を全て録画した。毎日ミミさんのことを妄想した。毎日ミミさんにファンレターを送った。その枚数は日に日に多くなり、最終的には100枚にわたる濃密なファンレターを送った。ミミさんと同じ服が着たくて自分で作った。そして、その継ぎはぎだらけの服を着て学校に通った。
これは、ただ純粋にミミさんのことをもっと知りたいと思っての行動だが、周りから見れば少しおかしな子だったかもしれない。今振り返るとそう思う。
そんな、私の憧れであるミミさんが、とあるインタビューでこんなことを言っていた。
【私はアイドルとしてほんとうに未熟者です。私一人ではここまで来ることはできませんでした。私のことを見つけてくれたみなさんに、とても感謝しています】
幼い私はこの言葉を聞いて『本当のアイドルは、何もしなくても誰かが見つけてくれるものなんだ!』と思った。このとき、ミミさんの【私のことを見つけてくれたみなさん】という言葉が、幼い私の心に深く突き刺さったのだ。
その日以来、私は心の底から純粋に、自分もアイドルになれると思った。盲目的に、たいした根拠もないのに、幼い私はアイドルになれると信じて疑わなかった。
しかし、現実は厳しいもので、何もしないで日々を過ごしていたところでアイドルになれるはずもなかった。だから私は高校入学を期にアイドルオーディションを受けるようになった。誰も私のことを見つけてくれないのは、私が少し見えにくい所にいるからだと思い、「しょうがないから、私のほうからオーディションに出向いてあげるわ」という気持ちで最初はオーディションに参加した。
私を見た瞬間、「おぉ! 君は金の卵だ! 今すぐアイドルとしてデビューしなさい!」と言われるだろうと思いながら受けた、最初のオーディション。結果は惨敗だった。
歌唱審査、ダンス審査、自己表現。全てにおいて他の子のレベルが高くて、私は群を抜いてへたくそだった。そのあまりのへたくそさに、私の審査のときに他の参加者の子が笑っていた。終いには、審査員の人まで、私のへたくそなダンスを見て笑っていた。私は自分があまりにも場違いな存在であることを肌で感じ、恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。すごく、惨めだった……。
この初オーディションでの失敗以来、私は必至でダンスや歌の練習をした。毎日毎日必死で努力した。私は自分の魅力が足りないからオーディションに落選したのだと思い、その魅力を磨くために努力をした。
でも、本当は違った。私の努力は自分を磨くためのものじゃなくて、アイドルとしての素質が1%もないちっぽけな自分を、隠すための努力だったんだ。
『アイドルになったことがない人に、アイドルの苦労はわかりません。そして、その苦労を知ろうともしないで、三流だ四流だと言っているあなたに、アイドルを語る資格はありません!』
あの日、イタリアン『天使のお零れ』でミミさんが私に言った言葉は、私が必死に身にまとってきた努力を簡単に剥がした。そして、何もまとうことのない、ちっぽけな私という存在と無理やり向き合わされた。その、ちっぽけな私は、あまりにも普通で、全然輝いていなくて、どうしようもないくらい地味で……見たくなかった。”何にも持っていない自分”と向き合うのは、すごく怖かった。体中が震えた。だから、あのとき私は……逃げることしかできなかった。
「ふけさん……ごめん」
何故か、ふけさんに対する謝罪の言葉が口から出てきた。
“ふけさん、ごめん”
私があらためて心の中でそう思った瞬間、急にドアが勢いよく開いた。
「カエデさん! 何でいなくなったの!!」
開けた扉の向こう側には、怒った表情のふけさんがいた。
作品名:カシューナッツはお好きでしょうか? 作家名:タコキ