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76.ハルカ



『……あ! ハルカさん、ありましたよ。えーっと、“栗山カエデ”さんのエントリーシートでいいんですよね?』

 電話越しに聞こえる未実さんの声は相変わらず覇気がなく、しなびた葉野菜のようだった。

「川島さん、カエデさんのエントリーシートあったみたいですよ。今マネージャーさんが確認してくれています」

「ほんとですか!? ありがとうございます」

 川島さんはとても喜んでいた。正直、私はいつも川島さんに対して罪悪感を持っていた。

“私は川島さんを利用している”

 私はちゃんとそれを理解している。理解した上で、川島さんに期待を持たせて、川島さんの心をもてあそんでいる、最低な女。それでも、いい。最低な女になろうとも、それでも私は社長さんのことをあきらめたくない。だから、川島さんには悪いけど、利用させてもらう。

 ……でも、私はまだまだおこちゃまで、完全な“悪女”にはなれなくて、いつも罪悪感と一緒に生きている。だから、その罪悪感を少しでも減らしたくて、私は川島さんの手助けをしたいと思った。川島さんの手助けをして、罪悪感から少しでも開放されたい。許してもらいたい……。

 私はそんな汚い感情を心に持ちながら、未実さんに話しかけた。

「未実さん、カエデさんの住所を教えていただきたいのですが」

『……すいませんが、それはできません』

「え!? どうしてですか?」

『個人情報ですから……いくらハルカさんといえども、それはちょっと……』

「そこを何とかお願いできませんか?」

『うーん……もしバレたら大変なことになりますし……やっぱりできません……』

「そうですかぁ……」

 電話越しでも、とても申し訳なささそうな雰囲気が存分に伝わってきた。未実さんは変にまじめだから、仕方ないかぁ。これ以上未実さんに迷惑かけるのも心苦しいし……。

 私の心に今度は未実さんに対する罪悪感が渦巻き始めた。

「川島さんすいません。エントリーシートはあったんですけど、住所は個人情報なので教えられないそうです……すいません、力になれなくて……」

 私は川島さんに向かって頭を下げた。川島さんの力になれなかったことは残念だし、罪悪感も多分に残ったままだけど、しょうがない。ここは気持ちを切り替えて、社長さんの話をしよう。また何の見返りもなしに川島さんを利用することになるけど、罪悪感は雪達磨式に増える一方だけれど、私の想いはそれ以上に強いの。時間もないし、はやく社長さんの情報を川島さんから聞き出そう。

 私はそんなふうに気持ちを切り替えようとした。しかし、川島さんの次の言葉で、私の気持ちは大きく変化してしまい、うまく切り替えることができなかった。

「じ、実は……そのカエデっていう少女を探しているのは、僕じゃなくて…………社長なんだよ」