カシューナッツはお好きでしょうか?
38.ハルカ
「ハルカさん、怖かったでしょう。でも、安心してください。僕が無事にあなたの家まで送り届けますから!」
「ありがとうございます」
警察の川島さんが私をパトカーで送ってくれることになり、私はパトカーに乗り込んだ。パトカーに乗るなんて、なかなかできない体験だわ。私は社長さんと出会えたうれしさとあいまって、かなり興奮していた。
「しかし、ゆるせませんね、あのストーカー。ハルカさんのことを大好きな気持ちはわかりますが、危害を加えるのは愛情の表現ではないですよ。欲しいものが自分の手にはいらないことが、我慢できない。ガキみたいな最低なヤツですね」
車中、川島さんはずっとしゃべっていた。きっと、川島さんなりに気を遣ってくれていたのだと思う。でも、申し訳ないことに、このときの私には川島さんの気遣いに応えるだけの余裕はなかった。
「僕なら、我慢しますね。そりゃ僕だって男ですから、欲の一つや二つありますけどね。でも、人を傷つけてまでかなえる欲望に、僕は嫌気がさしたんです。だから、警察官になったんです。
人は、何か一つ欲望を我慢するだけで、平和に暮らすことができるんです。一人の我慢は微力かもしれませんが、60億人の我慢は世界平和につながるんです。みんながそれぞれ、一つでいいから欲望を叶えることを我慢する。その助けができる仕事、それが警察官だと思うんです」
我慢……かぁ。私には、無理かもしれない。私は見た目おとなしいと言われることが多いけど、実は野心家で、自分の望みをあきらめるのが嫌いな人間だから。今だってそう、社長さんに会ったことで、社長さんに対する思いはさらに強くなった。この思いを我慢するなんて、我慢しながら生きるなんて、無理だ。
「川島さん……この前お願いしたことなんですが……」
「ああ、社長さんに会いたいんだっけ? ちょ、ちょっと待ってね。あいつ、ほら、い、忙しいみたいでさ。もうちょっと、時間かかるかなぁ……」
「そう、ですか……川島さんは社長さんの好きなものとかわかりますか?」
「え、えっと……あ、ほら! ハルカさんの家にもう着きましたよ! 僕はまだ仕事が残っているので、失礼します。それじゃ、今日はゆっくり寝てくださいね」
私をパトカーから降ろすと、川島さんは逃げるように、アイドルプロダクション『わっしょい』に再び向かった。
作品名:カシューナッツはお好きでしょうか? 作家名:タコキ