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122.カエデ



「ちょ、ちょっと! アイドルやめたってどういうこと!?」

 ふけさんは酷く驚いていた。私はそんなふけさんをよそに、自分の気持ちを言葉にしようとした。

「実はね“ある人”が原因なの……」

「もしかして、松原に何かされたの? それでアイドルが嫌になったの?」

「ううん、違うの。ふけさん、話を聞いて」

 しかし、ふけさんはなかなか私の話を聞こうとしない。

「じゃあ、舞茸さんか? 舞茸さんが仕事を持って来過ぎて、疲れちゃったとか?」

「違う! ふけさん、少し黙ってくれない?」

 私はだんだん、イラついてきた。

「それじゃ、ハルカ君か!? ライバルとして実力の差を見せ付けられたとか?」

「うるせぇ! 松原でも、舞茸でも、ハルカでもない、お前だよ!! ふけさんのせいで私はアイドルを辞めたんだよ!! 目ざわりなんだよ!!」

 ついに、私の感情は爆発した。私がふけさんのことでどれほど悩んでいたか、知らないんでしょ? 私一人であんなに悩んでバカみたいじゃない。不公平じゃない!

「ちょ、カエデさん、私が目ざわりってどういうこと!?」

「言葉どおりだよ! ふけさんは私の傍にいないくせに、私の心を奪って行った! コンサートが上手くいったとき、テレビ番組で失敗したとき、いつも一番にふけさんの顔が浮かんだ。いつだってふけさんの存在が私の心の中に充満していて、まるで私の心は深い霧の中みたいにモヤモヤしていた。そんな状態で、アイドルなんか続けられなかった!! ふけさんが、私のアイドルとしての夢を邪魔していたの!!!」

 私は怒りにも似た感情に乗せて、思いのたけをぶちまけた。

「な、なんだと!! 私だってね、君の存在が凄く邪魔だったよ!」

 すると、ふけさんも感情が昂ぶったらしく、すごい剣幕で怒鳴ってきた。

「いつだってそう、君の顔がちらついて離れない。ほんとに君は、電灯に群がる虫みたいに目障りな女だよ!!」

「はぁ? 人を虫呼ばわりしやがって、許さない!!」

 
 こんな感じで、私とふけさんは怒鳴りあった。私は言いたい事をぶちまけるので精一杯で、ふけさんの気持ちをちゃんと受け取ることができていなかった。もう、ふけさんが何と言っているのか、何をいいたいのか、全然わからなかった。


「はぁ……はぁ…」

 10分くらいたった頃、ようやく熱が冷めてきた。私はとにかく言いたいことを言ったのだけれど、全然気持ちが晴れなかった。「気持ちを全部ぶちまければ気が晴れる」と誰かが言っていたけど、それは嘘だった。自分の気持ちをぶつけるだけじゃだめなんだ。それをちゃんと受け止めてくれる相手がいないと。そして、自分も受け取る側にならないと。そのとき初めて、人の気持ちは晴れるんだ。

「……カエデさん、君はアイドルなのだろ?」

 ふいに、ふけさんがぼそりと呟いた。私は何だかその小言は自分で取りに行かないと、私に届くことなくどこかへ吸い込まれて消えてしまう気がした。だから、耳を澄ました。

「アイドルとは、人を魅了する生き物だろ? だから、そんな君の近くにいたら……私は君に魅了されてしまう。虜になってしまう。そして…………好きになってしまうんだよ」

 この瞬間、私の小さな心臓が、一度だけ、トクンと震えた。