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121.ふけさん



「カエデさん……? どうしてここに?」

「ふけさんに、会いに来たんだよ」

「そうなんだ…………コーヒーでも飲むかい? だいぶ練習したんだがね、まだまだマスターの様にうまくは淹(い)れられないんだ。まぁ飲めると思う」

「そう? じゃあいただこうかしら」

「うむ、それが良い。人の好意は断っちゃあいけないよ」

 私はコーヒーを淹れた。カエデさんとは久しぶりに会うのだが、あまりに空気が自然で、心地よかった。

「どうぞ、召し上がれ」

「ありがと。ズズズ……」

「どうだい? うまいだろう?」

「苦い」

「カエデさん、コーヒーとはそういうものだよ」

「それもそうだね」

 カエデさんはケラケラ笑っていた。私もつられてフガフガ笑った。

「ところで、何でふけさんは喫茶『パンヌス』でマスターみたいなことしてんの?」

「うむ、実はね、市役所をやめて、有り金全部はたいてこの店を買い取ったんだ」

 市役所の退職金+アイドルプロデュースで儲けた金がすべて消えたけどね!(涙)。

「何で市役所やめたの?」

「うむ。実はね、このまま市役所で働くだけの人生はつまらないと思ったんだ。それに、喫茶『パンヌス』のマスターには悪いことをしたらか、その罪滅ぼしとして、マスターが出所するまでこの店を私が守ろうと思ったのだよ」

「アイドルプロデュースは? もうやらないの?」

 カエデさんの顔つきが少し変わった。私はちょび髭をかまいながら、少し目線を外した。

「まぁ、いろいろあってね。もうアイドルのプロデュースはやめたんだ」


 松原がアイドル業界から消えたとき、私は舞茸さんにこう言われた。

『松原がいなくなった今、あなたは再び『暗黒豆腐少女』のプロデュースをしたいとお思いでしょうが、どうか身を引いてくれませんか? あなたの存在は、『暗黒豆腐少女』の成長を邪魔します。だから、もう二度と、カエデさんに会わないでください』

 松原がいなくなった今、私とカエデさんを別つ理由はない。だから、カエデさんと出会ったころの様に、再び二人三脚でアイドル活動を続けることができたのだ。でも、私は舞茸さんの言うとおりにしようと思った。残念ながら、私の存在はどう考えても邪魔だったのだ。


「まぁ、喫茶店のマスターも悪くないかなと思ってね。そう言うカエデさんは、どうなの? 今『暗黒豆腐少女』大人気でしょ? 忙しいの?」

 私は何の気なしに、カエデさんに尋ねた。すると、カエデさんはあっけらかんとした態度でこう言った。

「私、アイドルやめたんだ」