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120.カエデ




「舞茸さん、あたしアイドルやめるから」

「え? 何を言っているんだ……」

「それじゃ。今までありがと」

「ちょっと! ちょっと待って!!」

 3日前、私は舞茸さんにこう言って、アイドルプロダクション『わっしょい』をやめた。舞茸さんは私を引き留めたいらしく、3日間ずっと電話が鳴りっぱなし。でも、私はもう決めたの。アイドルはやめるって。

「ふけさん、待っていて……」

 私にとって、ふけさんはとても大切な人だ。ふけさんが刺されて入院したとき、ふけさんが近くにいなくなったとき、ふけさんが私の知らないところで私のために動いていてくれたと知ったとき、もう私の心はふけさんだらけだった。正直、目ざわりだった。こんな気持ちでアイドルなんか続けられるかっつうの!! ほんとに迷惑な人だわ。私のアイドルの夢を邪魔しやがって!! 許さないんだから!! ……責任、とってもらうからね。

 私は本気でアイドルを目指していた。だからこそ、こんな気持ちでアイドルを続けることは、絶対に私が許さない。だから私はアイドルをやめた。少なくとも今はアイドル活動を続けてはいけない。この気持ちに整理がついたとき、もしかしたらもう一度アイドルを目指したいと思うかもしれないけれど、このまま中途半端は絶対にだめ。どうにかして、この気持ちを解消しなくちゃ、私は前には進めない。

 だから私は、ふけさんに会いたかった。会って、この気持ちを伝えたかった。でも、ふけさんは全然電話に出てくれなかった。市役所に行ってみたけれど、「ふけさんなら辞職なさいましたよ」と言われた。もう、どこにいるのか皆目見当が付かなかったので、川島さんを頼った。そしたら、ふけさんの居場所を教えてくれた。ふけさんは今、喫茶『パンヌス』にいる!

 私は今日、この気持ちに蹴りを付ける。だから、ふけさん、待っていて。絶対に、逃げないで……お願い。

「カランコロン」

 私はそんなことを思いながら、喫茶『パンヌス』のドアを開けた。

「いらっさいませ〜」

 そこには、変なちょび髭を生やした、ふけさんがいた。