カシューナッツはお好きでしょうか?
105.ふけさん
カエデさんは…………ムカツクくらい売れていた。
商店街の祭りで行われたデビューライブは大成功。あの日会場にいた全員が、『暗黒豆腐少女』のファンになった。そして、アイドル研究家舞茸ひろしさんのプロデュースが大成功。あれよあれよと売れる『暗黒豆腐少女』。デビューライブ1カ月後にはテレビに出演し、2カ月目にはネット検索ランキングで1位に、3カ月目にはメジャーでの新曲発売が決定。
気がつけばカエデさんは、『今最も勢いのある新人アイドル』と言われようになっていた。当然、忙しくなるにつれ、カエデさんの見舞いの回数は減って行った。
『ふけさん、調子はどう?』
それでも、毎日欠かさずメールをくれた。
『私は元気だ。しがない病人のことなど気にせず、君はアイドル道を突き進みなさい』
私は、こんなしょうも無い返信ばかり送っていた。なんというか、カエデさんの足を引っ張りたくないという気持ち、カエデさんを育てたのは私であって舞茸さんじゃないぞ! という気持ち、それと、何だかカエデさんが遠くに行ってしまった気がして、寂しい気持ち。それらが、私の心でウヨウヨしていて、はがゆかった。
『ふけさん、はやく良くなってね。『暗黒豆腐少女』は、ふけさんがいてこそなんだからね。途中下車は、許さないからね』
私の心情を知ってか知らずか、カエデさんはこんなやさしいメールを送ってくれた。
カエデさんの夢が今、叶おうとしている。私は、このままでいいのだろうか? 私は、邪魔なのだろうか? 私がカエデさんの傍にいるためには、どうしたらいいのだろうか……。私がいなくても、カエデさんは無事に売れている。着実に夢をかなえている。その事実が、思った以上に辛かった。
私はこんなふうに、狭い病室で毎日悩んでいた。
そんな3カ月も、ついに終わりだ。私は来週、ついに退院できる。まだ、私は最善の行動を選択できていないけれど、悩みは尽きないけれど、自分のできることを一生懸命にやろう。それが空回りするようであれば、私は……。
私が未だにそんなことをウジウジ考えていると、
「コンコン!」
ノックの音が聞こえた。はて? 誰だろうか?
「はい、どうぞ」
私はどうせ、川島君だろうと思い、何の気なしに返事をした。
作品名:カシューナッツはお好きでしょうか? 作家名:タコキ