カシューナッツはお好きでしょうか?
106.ふけさん
「田中敬一……だな?」
誰? 私はてっきり川島君だと思ったのだけれど、見舞いに来たのは見知らぬおじさんだった。
「はい……そうですけれど、誰ですか?」
なんかこのおっさん、嫌いだ。変に威圧的だし、室内なのにサングラス掛けて偉そうだし。
「あぁ、俺は松原というものだ。周りの人間からは『マッツー』と呼ばれている」
「はぁ……それで、松原さんが何用ですか?」
「俺はめんどくさいことが嫌いなんでな、単刀直入に言わせてもらう」
そう言うと、松原と名乗る男はサングラスを取り、イカツイ顔で睨んできた。
「『暗黒豆腐少女』を、『わっしょい』によこせ!」
……………………はい? こいつは何を言っているのだ? 『わっしょい』と言えば、だれもが知っている有名アイドルプロダクションだが、こいつは関係者なのか?
「えっと……」
「言っておくがお前に拒否権はない」
松原は私の言葉をさえぎり、話を続けた。
「お前たちを潰すのなんて、簡単なんだぞ? 俺には“ネタ”があるからな」
不敵な笑みを浮かべる松原。その顔は気持ちが悪かった。
「ネタ? なんのことだ?」
「ふふふ、教えてやろう。『暗黒豆腐少女』のデビューシングル、あの曲は……お前が盗んだものだろ?」
!? この男、なぜそれを知っているのだ!? 急に冷や汗が出てきた。
「これは著作権の侵害……いや、窃盗罪か? どちらにせよ、世に知れたら『暗黒豆腐少女』は……終わりだろうな」
「な、な、き、貴様! 何が目的だ!?」
「目的? 俺は欲しい“モノ”を手に入れたいだけだ。なぁーに、悪い様にはせんよ。『わっしょい』に所属すれば、もっと売れるぞ。それに、お前みたいな三流プロデューサーよりも、一流プロデューサーである俺様がプロデュースした方が、売れるに決まっているだろ? だからお前は、そのベッドでずっと寝ているがいい。がはは、がははははは!!」
松原は気味の悪い声で笑いながら、病室を出て行こうとした。そのとき、
「ふけさん、お見舞いにきたよ……どちら様ですか?」
カエデさんが私の見舞いにやって来た。なんとまぁ、絶妙なタイミングだこと。
「お! カエデちゃん、今日もきゃわいいね〜。次に会うのが楽しみだよ。それじゃ、またね」
松原はカエデさんに気持ちの悪いウインクをすると、再びサングラスをかけて病室から出て行った。
「ふけさん……今の誰?」
カエデさんは不思議そうな顔をしていた。
「う、うむ。ただの知人だよ。そんなことより、話があるんだ。そこに座りたまえ」
私は適当にごまかして、カエデさんを椅子に座らせた。
「何? そろそろ退院でしょ? その話?」
「実はだな……」
私はわざとカエデさんから目線をそらし、話を始めた。
作品名:カシューナッツはお好きでしょうか? 作家名:タコキ