カシューナッツはお好きでしょうか?
101.カエデ
興奮が冷めなくて、体中から熱が溢れている。それなのに、どこか心にぽっかりと穴があいてしまったような、そんな虚無感も同時に存在していて……なんか変な感じ。
あ〜あ、終わっちった。もっと歌いたかったなぁ。もっと素敵な曲を、もっと魅力的なダンスを、もっと、もっと、もっと、表現したかった。足りない。全然足りない。みんなもそう思うでしょ?
「おーーーー!!」
「『暗黒豆腐少女』最高だぜ!!」
「アンコール! アンコール! もっと聞きたいよ!!」
私のそんな心情を知ってか知らずか、私が歌い終わってからもう10分近くたっているのに、誰も帰ろうとしない。男も女も、子供もジジババも、みんな飢餓状態。みんなハラペーニョ。あぁ、私にもっと曲のレパートリーがあれば……残念。
「みんなごめんね。まだ曲が一つしかなくて、アンコールには答えられないの……すごく残念。でもね、でもね、それ以上にうれしくて…………ふけさん!?」
トークの最中、思わず叫んでしまった。200を超える人の中、自分でもよく見つけられたと思う。間違えじゃない。間違えるわけがない。あれは、ふけさんだ。ふけさんが、見に来てくれたんだ!
私は正直うれしくて、小さなステージの上から、ふけさんだけを見つめた。すると、ふけさんはしかめっ面でこちらを睨んできた。
“カエデさん、君は何を真面目にしゃべっているんだい? キャラを忘れたのかい? 君は『栗山カエデ』じゃない、『暗黒豆腐少女』なんだぞ!”
ふけさんに、そう言われた様な気がした。そうか、忘れてたよ。私は『暗黒豆腐少女』だ!
「お前たちぃ!! アンコールアンコールうるせぇーんだよ!! 地獄に落としてやろうか! この腹ペコ星人が! てめぇらみたいな糞野郎は、『暗黒豆腐』でも食っておけばいいんだよ!!」
「きゃーーーー! 素敵!!」
今日一番の黄色い声援が上がった。
“どう? これで満足かしら?”
私はそんな感情を込めて、ドヤ顔でふけさんを見た。そのとき、ふけさんの隣にいた人に目が止まった。
あの人は…………マスター?
ふけさんの隣には、喫茶『パンヌス』のマスターがいた。ふけさんと一緒に応援に来てくれたのだろうか? でも……何かおかしい。なんで、入院着なの? なんで、トートバッグに右手を入れているの? なんでそんなに、怖い顔しているの?
私がそんなふうに疑問に思った瞬間、
「きゃーーーーーーーーーーーああああああああああああ!!!!!」
今日一番の歓声が…………いや、悲鳴が上がった。
「わぁあああああ!!!!」
「ひ、人殺しぃい!!」
「ぎゃああああああああ!!!」
騒ぎの中心には、血のついた包丁を持って立ちすくむ、喫茶『パンヌス』のマスターがいた。そして、そのすぐ近くに、血だらけで倒れるふけさんがいた。
「お、おお前が、悪いんだ! おま、お前のせいで……俺は大事な喫茶『パンヌス』を失った!!! お前が、お前のせいだ!!」
その瞬間、宇宙に広がっていた熱気が、一気に冷めた。
「いやぁあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!
恐怖の叫びが響く夜空は、かなしいほど美しかった。
作品名:カシューナッツはお好きでしょうか? 作家名:タコキ