小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

カシューナッツはお好きでしょうか?

INDEX|104ページ/139ページ|

次のページ前のページ
 

92.警察官川島



「何をやっているんだ! バカタレ!!」

 念願の社長さんを前にして、ただうつむくことしか出来ないハルカちゃんを少し離れた所から見て、俺は思わずそんな暴言を呟いた。

 ハルカちゃん、今こそ勇気を出すときだろ!? 今君の目の前には、幻想じゃない社長さんがいるんだよ。世の中にはどんなに望んでも、幻想にしか恋できない人だっているんだよ。臆病で、悲しいほど人を想い過ぎで、好きな人に会うために、好きな人の所へ向かう一歩すら踏み出せない、そんな人間だっているんだよ。

 でも、君は違うだろ? 君は臆病者じゃない。ちゃんと「社長さんに会いたい!」と表現できていたじゃないか。ちゃんと行動したじゃないか。幻想だけじゃなくて、現実と向き合おうとしたじゃないか! 君は素敵だよ。自信を持って。さぁ、表現するんだ。へたくそでもいい。大切なのは、表現しようとする姿勢であり、表現せずにはいられないほど強大な心のままに生きるということだよ。

「ハルカちゃん、がんばれ!」

 俺はそんな小言を呟きながら、気がつくとメールを打っていた。

『ハルカさん、大丈夫。きっと、うまくいく』

 たった二行のメール。それだけで十分だと思った。今ハルカちゃんに必要なのは“きっかけ”であり、変に悟ったような俺のクソみたいな言葉は必要ない。

 俺がそんなことを考えていると、祭りの空にアナウンスが流れた。

『本日のメインイベント、『暗黒少女』のライブが10分後に始まります。みなさん、中央広場特設会場へ、ぜひいらしてください!』

 ……ほら、やっぱりそうだ。ハルカちゃんは、強い子だ。

 俺のメールがきっかけだったのか、それともアナウンスがきっかけだったのかわからないけれど、まるで崩壊したダムのようにしゃべりだしたハルカちゃんを見て、俺は安心した。それと同時に、胸が少しグッと掴まれたような感じがして、苦しかった。

「私、社長さんにずっと会いたかったんです! 私がアイドルになれたのは社長さんのおかげなんです!! 社長さんの好きなものは何ですか!!! 今日の私の浴衣姿どうですか? 似合っていますか!?」

 あぁ、ハルカちゃんの表現は何てへたくそなんだろう。あんなに勢い良くしゃべっても、何言っているんだか全然わからないよ。君はきっと、君の心にある感情を表現する術を知らないんだろう。それでも、どうにかして表現しようとする、そのすごく一生懸命な姿は、きっと誰かの心を打つだろう。そんな君に比べて、俺は……俺は…………臆病者だ。

 俺は、ちゃんと表現しなかった。俺はきっと、この心の中にある感情の表現方法を知っている。若いハルカちゃんよりも、もっと巧みにこの感情を人に伝えることが出来る。それなのに……俺は表現しなかった。何度も何度も何度も、チャンスがあったのにしなかった。俺は……俺は…………。

 こみ上げてくるのは、臆病な自分に対する、失望感だけだった。