どぶゲボ!!~我慢汁馬路吉のオブツ道~
その日、オレはあせっていた。ジェネシスとしてのプライドが逆にオレを責めたてたのかもしれない。ディフェンス配置はレッドゾーンであるにもかかわらず、オレはわざと授業に遅刻することで、水泳の授業のときだけ女子更衣室になる二階の教室へもぐりこんだ。
時間としては、20秒から30秒のつもりだった。まっすぐに制服に駆け寄り、ブラとショーツを机に並べてデジカメで写真を撮る。それだけのはずだった。
しかしオレが次に気がついたとき、おれはすでに上半身裸でブラを身に着けていた。十数分前までそこにあったキサラギのぬくもりを確かに肌に感じた。それどころか見た目ではわからなかったが、脇から前中心にかけて内蔵されたパワーネットパネルの脇寄せ効果で、なんかものすごく励まされてる感じがする。おれはブラ一枚つけた上半身の上から直に学ランを着てみた。そうすることが至極自然であるような気がしたからだ。白地に赤と青で描かれたガーリーなデザインのブラと無骨な学ラン、出会うはずのない二つがいまここに同時に存在する恍惚感をうっとりとオレが感じていると、突然、誰かが一階から階段を上がってくる物音がした。
オレは一瞬の判断でショーツだけ戻すと、男子更衣室になっている隣の教室へ音速平行移動し、ズボンを脱いでテーブルに載せて水着に着替える振りをした。
すると、その教室へ入ってきたのがマラ宮だったのだ。
4.
「あ?お前・・・」と、マラ宮はオレを見つけて言う。おそらくこいつは普通に遅刻してきたクチだろう。冷静にやり過ごせばいい、と思った次の瞬間、
「お前、なにしてんだよ、どけよ」と、マラ宮はオレに急に半ギレで言ったのだ。
え、とオレは慌てた。辺りを見回して、そして気がつく。いま脱いだズボンを置いたところが、偶然マラ宮の机だったのだ。
「ぁぇ、ぁぉ」と、オレは何か言おうと思うが焦って舌がうまく回らない。それをみたマラ宮は余計に怒って、
「どけっつってんだろ、何だよお前!?」と怒鳴る。オレは慌てて席を譲ろうとズボンに手を掛ける。
が、その瞬間、学ランの背中のところでなにかピッ、と外れたような音がした。
背中に走る違和感で、オレは全身の血の気が引いた。無理やり身につけていたブラのホックが外れたのだ。肩紐をつけていなかったから、するりとブラは服の下へ流れていく。オレは反射的に、学ランから足元にブラが落ちないように、グッ、とひじを胸に当てて脇を閉めた。
「あ゛あ゛っ!?」と、その瞬間、マラ宮が般若のような顔になって叫ぶ。
「お前、何≪ファイティングポーズとって≫んだよゴラァッ!!」
いや違うこれはファイティングポーズじゃなくてブラが落ちそうなんだ、と弁解したかったが、オレはテンパりすぎて何も言えずに、それどころか握りこぶしを上下に高速で動かしながら、ダンシングフラワーのように体を左右に振ってしまう。
「ああ?……テメェ、マジか!?」と、マラ宮は持っていたかばんを足元に叩きつける。「≪ダッキングで、お前から殴って来いって誘って≫んのかァッツ!?マジでなめてんのかよ!!?」
「チガウコレハチャウ」とオレは弁解するが、オレの声は完全に怒りの沸点を通り越したマラ宮の耳に入らない。オレは学ランの下に落ちそうなブラだけを身につけながら、下半身はパンツ丸出しで裸足、走って逃げきることもできない。
「上等だよコラやってやんぞ!!!」と、マラ宮は絶叫する。額には青スジを浮かべ、目はこれ以上ないほどに釣りあがっている。マラ宮は握りこぶしを作り顔の高さから全力でオレに振り下ろしてくる。当然オレはそれをよけれずにモロに顔面のど真ん中に食らう。一撃で倒れそうになるが、ここで倒れたらブラが足元に落ちてしまう。そうなったらオレのジェネシスとしての活動は終わり、この世界に残された唯一の居場所がなくなってしまう。オレは必死に踏ん張って体勢を残す。
「ブヒィイイイイィィ、ブヒィイイイイイィィィ」とオレは必死に鼻で呼吸をする。気がつくと両鼻から血が噴き出している。やばい、殺される、殺される、とオレは必死に謝ろうとする。だがなぜかテンパって、オレの口から意味不明の言葉が出る。
「ゴェネシス」
「殺すぞ!!!」と、マラ宮は今度はオレのみぞおち目掛けて前蹴りを突き出す。オレは二度目は堪えきれずにその体勢のまま背中から床に倒れこんでしまう。
「テメェ……!!?」と、マラ宮はオレの様子を見てさらに怒りを増幅させる。
「≪避けないで、なおかつファイティングポーズを取り続けるって、ガチか?≫ガチで、俺に挑んでんのかァッ?」と、マラ宮が言う。
「上等だッツ!!≪屋上タイマン≫やってやんよォオ!!??」
(いやだからたいまんとかまじできないしかえってぺぷしのんでにこなまみたい)などと混乱した頭で呆然と目を見開くことしかできないオレ。そこに、騒ぎを聞きつけた体育教師の肉山先生がやってくる。
「マラ宮、それに馬路吉、お前ら授業中になにしてんだ!やめろ!」と、肉山はマラ宮を後ろから羽交い絞めにする。こいつが先に喧嘩うってきたんだよ!、などといいながらマラ宮が暴れている隙にオレはズボンをなんとか必死に脇を閉めたまま履いていると、とうとう他のクラスから同級生の野次馬がどんどん集まって、教室を囲んでしまった。
「こらーっ!お前ら、授業が終わってないだろ、教室へ帰れ!」などと数人の先生が後ろの方で叫んでいる。
「お前ら二人、ちょっと職員室へ来い!」と、肉山は叫び、同級生をかきわけてマラ宮とオレを廊下に引っ張り出す。
オレは混乱の中で、密かに胸をなでおろす。とんでもない騒ぎになってしまったが、ラムリエの活動はばれなかった。このまま脇を閉めたまま、あとで落ち着いてからブラはどっかに捨ててこよう、説教ならいくらでもしてくれ、と、胸をなでおろしていたのもつかの間、
「お前ら喧嘩なんかしやがって、えらく血が出てるじゃないか。二人ともここで学ランを脱げ、凶器かなんかもってないか見せろ!!」
と、肉山が最悪のタイミング、廊下での身体検査を言い放った。
5.
(馬鹿か、学ランの下にはウンナナクール・ノンワイヤーブラが入ってるんだよ、こんな大勢の前で脱げるか―――)とオレは絶望する。
ついにラムリエとしての活動は終わりを告げるのか、とオレは思う。いや、学校生活も終わりだ。こんな大観衆の前でブラを公開されるなんて。頭の中を七色のランジェリーが走馬灯になって流れていく。
いや、もしかしたらこれが本来の自分自身なのかもしれない、などと思ってもみるも、親は泣くだろうな、と現実が頭をよぎる。万が一ブラがごまかせても、ブチギレのマラ宮とタイマンが待っている。生き残っても地獄だ。
ああ、死のう。それしかない。と、ほとんど決断しかけた次の瞬間。意識がメルトダウンを起こし、時間の流れが穏やかになっていくのを感じた。頭の中で誰かが叫んでいる。聞き覚えのある声がする。
≪吼えろ≫と、奴が叫ぶ。
≪卑劣、狂気、反吐、汚物―――お前にはまだ武器がある≫と、ジェネシスが、オレを呼んでいる。オレを何度も戦場へ導いてきた声。
クズ同然のオレの中にある、最後のプライドは、まだ闘いたがっている。
作品名:どぶゲボ!!~我慢汁馬路吉のオブツ道~ 作家名:追試