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調剤薬局ストーリー

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診療をすませた患者が院外処方箋を持って病院から出てくるのは早くても九時半過ぎ。
俺は薬局に八時半に来て黙々と掃除を始めている。
一緒に来た小枝子も調剤室で各種機器、パソコンのスタンバイをさせている。
薬局で二人だけというのは、何となく程良い緊張感で俺は好きだ。
待合のソファーすべての雑巾がけを済ませ、体を伸ばしながらガラスの向こうの小枝子の方を望むと、いるはずの彼女がいなかった。
狭い調剤室で消えるはずもなく、不思議に思った俺は調剤室に足を踏み入れた。
「小枝子!!」
彼女が倒れている!!
顔が真っ白だ!
俺は小枝子を抱え、揺らしてみる。
呼吸はあるが意識が無い。
そのまま彼女を持ち上げた俺は、薬局もそのままに、向い側の病院に駆け込んだ。
彼女を抱えて血相を欠いて現れた俺に、病院の職員が素早い対応をしてくれた。
鼻に酸素チューブを挿し、移動ベッドに乗せられた小枝子は即座に内科の処置室に運ばれ、医師、看護師によって、懸命の処置がされ始めた。
それを見届け、俺は慌てて開けっぱなしの薬局に戻ると、出勤していた高橋が誰もいないことに驚いていた。
ざっと理由を説明し、何かあったら俺の携帯を鳴らすように彼女に告げると、即座に病院に戻った。
俺の慌てぶりに彼女は何か思ったかも知れないが、そんなことは関係ない。それどころじゃねぇ、小枝子は大丈夫なのか!一体どうしたというんだっ!
丸めた白衣を抱えるように待合の椅子に腰を下ろした俺は、じっと廊下の四角い床のタイルを見つめて黙っていた。
俺の横に俺と同じ体格が、同じような姿勢で腰掛けた。
サイバーだ。
ここまで来ては小枝子との関係を隠していても仕方が無い。俺は口を開いた。
「黙ってて悪かったな・・・」
「いいんですよ。小枝子さんと秀さんのことは薄々感づいてたし、あの人は俺なんかよりあんたの方が合っている」
「・・・」
「で、どうなんです?小枝子さんの様子は」
「分からない。さっきまでピンピンしてた。それなのに突然・・・」
「そうですか・・・とにかく、秀さん、あなたは小枝子さんに付いていてあげて下さい。きょうは患者も少なそうですから大丈夫ですよ。何かあったら呼びますから」
サイバーはそう言って立ちあがると、長めの白衣をひるがえし、振り向きもせずに廊下の向こうへと消えていった。
その背中を黙って見送ると、俺は再び床の四角いタイルを見つめた。
「成田さーん」
看護師に呼ばれ、俺は診察室の中へと入って行っていった。
中は広めの診察室で、そこに中年の医者が座っていて、彼の目の前には大きなパソコンの画面が開いてあった。
社長と彼女の家族への連絡は恐らくサイバーがやってくれているだろう。とりあえず彼氏である俺が、彼女の様態を聞く。
医者の眼の前の画面には何個にも区割りされた、CTスキャンから送られてきた小枝子の体の輪切りのレントゲン画像が映っていた。
ゆっくりと腰掛けた俺に、医者はその画像の一部をマウスで示しながら言う。
「この部分に肝硬変の症状が出ています。この大きさだと以前より多少症状も出てるでしょうし、本人も薬剤師でしょうから薄々気づいていたんじゃないですかね・・・」
「肝硬変?!」
肝硬変とは肝臓の一部の細胞が死んでしまっている状態のことだ。ウイルスやアルコールなどによって引き起こる肝炎が悪化してなる病気であり、際立った症状が出ない場合、ギリギリまで気づかないことも多い。
とは言え、小枝子は別に酒は飲まないし、煙草もやらない。肝炎ウイルスをうつされたとしても、そんなに急に肝硬変までは進まない。
一体どういうことなのか、俺は更に医者に聞いてみた。
医者は答える。
「彼氏の君には隠していたかもしれないけど、実は、彼女、以前から肝炎の薬を服用していてね・・・」
知らなかった!小枝子は肝臓が悪かったのだ。
だから以前、俺が強く酒を進めた時も、かたくなに拒み続けていたのか!
まだ付き合い始めて間もない俺たちだ。彼女のことを全て知っているわけではない。
小枝子はいつもひとりで自分の病気のことを悩んでいたんだろう、だからあんな質問ばかりしていたんだと俺は思った。
医者の話は続く。
「私も彼女のことは、薬局の出来た頃から知っているけれど、一時期、大量にアルコールを摂取していた時期があってね。それが原因で肝臓を痛めてしまったんだよ」
その時期には心当たりがある。
恐らく結婚していた頃だ。川田のDV(ドメスティック・バイオレンス)を受けていた時だろう。
更に何か言いたげな医者に俺は聞く。
「それで、小枝子は助かるんですか?」
「ここまで来ると動かすことは出来ないですね。安静にして薬剤を換えてこれ以上進行しない様に食い止めるしかない」
医者は肝心なところに触れない。肝硬変はその度合いによっては命に関わる病気だ。
そのことを俺はもう一度、医者にぶつけてみた。
「だから、小枝子は助かるのかどうか聞いてるんです」
医者は下を向いて呟いた。
「・・・もって一カ月・・・」
「・・・」
俺はゆっくりと診察室を出た。
そして、階段で屋上へと向かった。
まだ午前中だというのに、空は夕焼けの様にオレンジ色に光っていた。
その光は俺の涙とあいまって乱反射する。
俺は右手の震える拳を屋上のドアに思いっきり叩きこんだ。
そして喉の奥から吠えた。
「くっそーーーーーーーーーーーーーっっつ!!」
頭を垂れて見つめた俺の足元のコンクリートが見る見る黒く変色していく。
滴り落ちる俺の涙が灰色のコンクリートを濡らしてどんどん広がっていく。
ぽたぽたぽたぽたと、俺の涙はいつまでも垂れ続けた。

どれくらいいたのだろう・・・屋上から戻り、小枝子の病室に顔を出すと、社長が来ていて眠っている彼女を見ていた。
「成田君・・・」
社長が俺に気付き声を掛けてきた。
軽く会釈をすると、俺は彼女の傍に座り、彼女の冷たい手を握ってその静かな寝顔を見つめた。
社長の話だと、小枝子は社長以外、身寄りがいないらしい。
俺はそんなことも知らなかった。
優しく前髪を撫でてやると、少し動いて小枝子がゆっくりと目を覚ました。
「小枝子っ」
俺は声を抑えながら彼女を呼んだ。
ゆっくりと俺の方を見た小枝子は、潤む目で俺を見ながら
「秀ちゃん・・・ごめんね」
と、言った。
彼女は自分の症状を理解していた。
俺は泣きそうになる心を抑えるために強く歯を食いしばりながらも懸命に、「気にするな、俺は何も思っちゃいない、ただ、小枝子のことが好きだ、心の底から好きだ」と彼女に話した。
「私も・・・秀ちゃんのことが好き・・・」
小枝子はそう言うと、そのか細い手で俺の頬を触った。
その手を抑え、俺はもう、泣いていた。
小枝子も泣いている。
どうすればいいのだろう、どうすればこの悲しみから逃れられるのだろう・・・
オーバーヒートしている俺の頭が意味もなく、ゆっくりと回転を始めた。
泣きながらも、俺の頭の中は高速で回転し始めている。
肝炎・・・・・副作用・・・・対処法・・・病気・・治療・治癒・・・!
急に目の前の小枝子の顔がはっきりと見えた。
俺は彼女の手を握って、強く提案した。
「小枝子、俺と生体肝移植をやろう!」
「えっ!」
作品名:調剤薬局ストーリー 作家名:山村憲司