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調剤薬局ストーリー

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その日、俺は初めて小枝子のアパートに入った。

「何やったんすか?!」
その朝、薬局に行くとサイバーが、絆創膏まみれの俺の顔を覗き込んで半分笑い気味に聞いてきた。
「なんでもねぇよ」
「秀一君、何があったか知らないけど、その顔じゃ患者さんの前に出るのは無理ね。きょうは一日、調剤室にいて調剤してなさい」
更衣室に向かう俺に時間差で一足先に出勤していた小枝子が言ってきた。
「はーい。すいませーん」
事務室のドアを開けながらトーンを落として俺は答えた。
昨日の件で俺も小枝子も、殆ど寝ていない・・・薬局の長い一日が始まりそうだ。

昼過ぎ頃、期限ギリギリの処方箋を持って中年の男性患者が現れた。
そんなに暑くも無いのに結構汗をかいている。
小枝子が応対した。
俺も気になって、あまり顔を出さない様にしながらも様子をうかがった。
どうやら、まだ家に薬があったためか、けさになって処方箋の薬を貰い忘れていることを思い出してあわてて近所の薬局にもらいにいったらしい。処方箋の期限は四日だ。それを超えると手続きが多少面倒になる。
それにしてもこの患者、運が悪い。処方箋の発行元はここからかなり遠い大学病院で、記載されている薬も結構特殊だ。
恐らく、この辺の薬局には無いだろう。
「秀一君・・・」
調剤室に小枝子が入ってきた。
「この処方箋なんだけど、患者さん、この辺の薬局ぜんぶ歩いて回ったけど薬が無かったんだって。もちろんうちの薬局にも無いし・・・」
小枝子が薬局のことで俺に判断を仰ぐのは珍しい。
「それなら取り寄せるしかないでしょう」
「それが、この方、ボランティアでこれからアフリカに行くので、きょうの十八時半の飛行機で現地に向かうんですって。そうしたら二か月は返って来ないらしいの・・・」
「じゃあ、薬の入荷次第、航空便で送るしかないですね」
「それが、あしたからの飲む分がもう無いんですって!」
「何?!」
それじゃあ、絶対に薬をいま揃えるしかないじゃないか!
俺はあわてて時計を見た。午後二時を回っている。余裕を見てもあと三時間半くらいしかない。
薬を急ぎで注文したとしても、おそらく入荷は最速で夕方の六時すぎだ。
俺の頭が高速で回転する。
それがヒートアップしかけた時、答えが弾き出た!
「ネットで処方箋発行元の大学病院近隣の薬局を調べて、そこに電話して薬を小分けしてもらおう。おそらく、何軒かあたれば薬はあるだろう。病院の眼の前の薬局だと品ぞろいは完璧なはずですから」
「それでどうするの?」
「うちで出来るとこまでやって、会計まで済ませておいて下さい。俺はこれから、バイクでその病院の方に向かいます。分けてくれる薬局がわかったら現地から携帯電話で連絡するからその時、教えて下さい。患者は飛行機に間に合わないといけないから先に空港に向かうようにして、空港で俺と落ち合う事にする。俺が戻るまでに患者の詳しい連絡先とフライトの内容を確認しておいて下さい」
そう言い終わると俺は身支度をはじめた。
小枝子は何か言いたげだったが、黙って頷く俺を見て、即座に作業に入ってくれた。
大学病院までの往復で約一時間、一回この薬局に戻ってきて薬を受け取ってすぐに成田空港に向かっても、時間ギリギリだ。
とにかくやってみるしかねぇ。
薬局での作業は皆に任せ、俺はバイクで一路、大学病院を目指した。
途中、渋滞にあったが、それほど影響はなく、ほぼ予定の時間にその場所に付いた。
活気ある商店街の一角に、その巨大な大学病院はあった。
その周りを大小数々の調剤薬局が取り囲んでいる。
俺は携帯電話で自分の薬局に電話した。
サイバーが出たが、すぐに小枝子に代わった。
手短に薬局の名前と場所を聞く。
バイクを押して、言われた通りの薬局に着くと、ヘルメットを外して中に入る。
その薬局の中は患者でごった返していた。受付らしき女性が俺の姿を見つけると、調剤室の中の白衣の男性に声を掛けた。
俺より一回り上くらいか、その男性薬剤師に、既に話は伝わっているらしく用意されていた薬剤の入った薬袋を俺は受け取り、礼を言って代金を支払った。
こういった、薬局間での薬のやりとりは多い。患者のために薬を融通し合うのだ。
とはいえ、こんなに距離の離れた薬局同士でのやりとりはあまりないことだが・・・。
とにかく薬を受け取った俺は急いでそこを出ると、自分の薬局を目指してアクセルを噴かした。
戻ると、俺のバイクのエンジン音を聞いて、小枝子が出てきた。
その時、小枝子の後ろを抜けて薬局を出ようとした、見覚えのある青年が話しかけてきた。
「あれ、兄貴じゃないっすか?」
「おう、お前か」
それは、先日、俺にやばいドラッグをゴミ箱に捨てられて、おまけに強烈なビンタを食らったあの青年だ。
「いいバイク乗ってますね。どっか行くんすか?」
急いでるので、手短に話すと、何と、その青年も自分のバイクで一緒に行くと言い出した!
拒否した俺に青年は、「成田までなら東関東道(東関東自動車道高速道路)を通るから、そこを抜けるには白バイや覆面パトカーを交わさないとならないかもしれない。二台で向かった方がいい」と主張され、俺もその案に賛同した。
「お前、下の名前は?」
「テツヤと言います」
「テツヤか・・・頼もしい名だ。俺は秀一、頼んだぞ」
「まかせて下さい!」
小枝子は薬と患者のフライトのメモを俺に渡しながら
「気を付けて・・・」
と小さく言った。
俺とテツヤは簡単な合図を打ち合わせると心配そうに見送る小枝子に手を挙げ、日の傾きはじめた首都高へと向かった。
そして首都高を抜け、東関東道に入る。
スピードは控えめにしてはいるが、俺たちは並走しながらも次々と車を抜いていく。
幕張を抜けてしばらく飛ばすと、後方でサイレンが鳴った。
白バイだ!
その瞬間、テツヤがスピードを落として蛇行走行を始めた。
「テツヤの野郎!」
白バイに止められたテツヤがバックミラーの中で小さくなっていくのをやりきれない気持ちで見つめながら、俺はそのままのスピードで成田空港を目指した。
時間ギリギリに空港に着いた。
空港内に入ったが、あまりにも広すぎて、人も多く、約束の場所までなかなか辿りつけない。
そして、なんとかその場所に行ってはみたが、誰もいない。
携帯に連絡したが、電源が切られているのか繋がらない。しばらく待ったが、来る気配もなく、時間が無いので患者は恐らく手続きに向かったのだろう。
案内カウンターの係に分けを言って館内放送をかけてもらい、搭乗する人間に会えるギリギリの場所、一段低いホールまで行って待機した。
俺はそこでじっと待った。
会えないとマズイ・・・。
「おーい!」
しばらくして声が聞こえたので振り向くと、患者が手を上げて向かってきた。
息をついた俺は、彼に近寄った。
とりあえず薬の確認を済ませると、何度も礼を言う彼に搭乗を促し、その背中を見送ってから薬局に電話した。
電話には小枝子が出た。
無事に薬を渡し終えた報告と、テツヤの携帯電話の番号を聞いた。恐らく、薬局のパソコンのデータに入っているはずだ。
すぐに回答が返ってきた。それを手早く書き留めると、すぐにその番号を押す。
以外にもあっさりテツヤが出た。
「大丈夫か?」
作品名:調剤薬局ストーリー 作家名:山村憲司