調剤薬局ストーリー
なかなか面白い女性(ひと)だなと思いつつ、苦笑いを溜めこんだ俺はそのまま先程の作業に戻った。
斎藤、とかいう奴の視線を背中に感じながら・・・
その時、突然、電話が鳴った。
ちょうど側にいた俺がそれを受けた。
向い側の病院からだ。
「毒物を飲んで自殺を図った女性が運ばれてきた!何か薬はあるか?」
「先生、胃洗浄は?」
「いまやってる!」
「ちょっと待って下さい、管理薬剤師に代わりますから」
そう言って俺は電話の子機を小枝子さんに渡すと、クレメジンカプセルの箱を見つけ出してスタンバイした。
電話を受けた彼女は、すぐに答える。
「先生、クレメジンカプセルを処方して下さい。こちらでカプセルを開けて中の活性炭を取り出しますので。それを飲ませて消化器官内に残っている毒物を吸着させて下さい」
「OK!わかった!」
電話が切れた。
その瞬間、俺が指示を出す。
「斎藤、お前、力ありそうだからクレメジンカプセル割ってくれ!即効だ!」
「OK!」
彼は、俺が物凄い速さでヒートから取り出した白い大きめのカプセルを両手の親指と人差し指で縦に次々と壊し始めた。
さすがに俺の見込んだだけのワイルドな奴だぜ!
カプセルの中からは、真っ黒な活性炭が次々とこぼれ、振るいの下にある受け皿に溜まりだした。
それを小枝子さんが計って素早く手分包(機械を使わない分包)でたたみ込むと、その束を高橋岬に持たせて向いの病院に急いで届けさせた。
「そのへんでいい」
俺の声に斎藤は手を止めた。
「毒物って何を飲んだんでしょうね?」
俺が小枝子さんに話しかけると、少しうつむき加減に「わからない」とだけ言って彼女はその場を離れた。
毒物へのこういう対応は一度でも経験した薬剤師でなければ知らないことだ。
俺は電話を渡すことで彼女の実力を試したのだが、その対応の早さは半端じゃなかった。薬剤師としては俺より全然経験と実力がある。
そんな彼女にその内容がわからないはずはない。
「なにかあるな・・・」
自分の経験や過去のことに触れようとしない彼女に俺は何かしらの共感を覚えた。
その日は、斎藤と一緒に早上がりだったので、お互い独身のこともあり、二人で夜の酒場に飲みに出向いた。
「カンパーイ!」
サラリーマンのごった返す店内で二人、重たいジョッキを軽々と仰ぐ。
「ぷはーーーっつ!」
最初はウマが合わないと思った俺たちだったが、聞くと同じ年齢だったもんだから意外と話が合い、あっという間に意気投合して一気に仲良くなった!
気難しそうだった彼も酒が進むにつれ「秀さん、秀さん、」と言って慕って来た。
俺も、斎藤に「サイバー」というあだ名を付けて、親しげに呼んだ。
サイバーは、三本の焼き鳥を鷲掴みに豪快にかぶりつく。
皮もモモも関係なく食いちぎる彼の豪快さに、俺は大笑いだ。
くちゃくちゃと焼鳥を噛みながら、彼は聞いてくる。
「秀さん、あんた小枝子さんのこと気に入ったでしょ?」
目が怖い。
「そんなことねぇよ」
俺はシラっとかわした。
「言っておきますけど、俺は小枝子さん一筋なんで」
「なら、さっさと口説いちまえよ。もたもたしてると俺がさらっちまうぞ!」
「そんなこと言わないで下さいよ。口説くなんて緊張しちゃってダメなんですから」
彼のしょぼくれた顔を見て、俺は再び笑った。
そしてさらっと聞いてみる。
「それにしても彼女、きょうの毒物の対応、思いっきり早かったなー」
すると、サイバーはジョッキを見つめ、険しい顔で呟く。
「小枝子さん、自殺の経験があるのです・・・」
特に理由も無いが、俺はその言葉に胸を締め付けられた。
自殺を図った理由を聞いたが、彼は黙って何も言わない。
ただ、悔しそうな顔をしていた。
俺は静かに、サイバーの分もビールのおかわりを頼んだ。
次の日は遅番だったので、薬局には十時に付いた。
調剤室からのサイバーの変な合図を確認しながら待合を抜け、ロッカーのある事務室へと入った。
そこには小枝子さんと見知らぬ男がいて、真剣に何かを話しあっていた、と言うよりは言い争っていた。
軽く挨拶だけ済ますと、俺はその脇を通りぬけようとした。
すると、その男が俺に話しかけてきた。
「お前、こんど入ってきた新入りか?」
彼のいきなりの偉そうな言い方に、俺はいつもの通りに対応した。
「だったら何なんだよ」
小枝子さんがあわててとりなす。
「秀一君、この方は本部の川田さんよ。初めてだったわよね」
「えぇ。そうですか、始めまして。昨日から厄介になっている成田秀一です」
「本部の川田だ、噂は聞いている。あまり問題を起こさないでくれ・よ」
最後の「よ」のところが聞こえなかった。
というよりは、彼が言い終わる前に、気に入らないその喉元に俺が軽く拳をみまったからだ。
そのまま俺はロッカーに向かい、白衣に着換え出した。
背中を丸めて喉元を抑えてる川田はこっちを睨んではいるが、かかってくる様子はない。
怒ると思った小枝子さんは意外にも黙っていた。
白衣を纏った俺は二人を気にすることなくその横を抜け、調剤室へと向かった。
「サイバー、あの川田って何者なんだよ?」
「一応、本部のお偉いさんさ。社長の腰巾着みたいなもんすよ」
「ふーん、そうか」
―「もしかしたら、俺は早くもクビかも知れないな」と、思いつつ、作業に入る。
サイバーが更に小声で話しかけてくる。
「秀さん、奴が小枝子さんの自殺の原因だよ」
「何?!どういうことだよ」
「川田さんは、以前はここの店長で、小枝子さんの元旦那なんだよ・・・」
サイバーの話だと、小枝子さんの自殺未遂が原因で去年、二人は離婚したらしいのだが、川田の方は会社を辞めないでいたので、社長は親戚筋である小枝子さんのことを察し、その計らいで、川田を本部配属にして、半ば強引に閉じ込めた、とのことらしい。
それでも、彼はたまにこうして本部のご威光を傘に未練がましくやって来るらしい。
それを聞いて胸騒ぎがした俺は、もう一度事務室に戻った。
すると、そこでは、川田が小枝子さんを拳で殴っていた。
俺も初めて見たが、それは明らかにDV(ドメスティック・バイオレンス:夫の暴力的虐待)だった。
これが全ての理由か・・・。
俺はゆっくりと呼吸を整え、冷静に怒りを溜めた。
近づいた俺の存在に気付き、目を丸くして驚いた川田は、俺から二度目の拳をくらってその場に気を失って倒れた。
その川田をよそに、俺は床に倒れていて起き上がろうとしていた小枝子さんに手を差しのべながら聞いた。
「大丈夫ですか?」
「・・・えぇ」
彼女は赤く腫れはじめた頬を恥ずかしげに隠しながら俺を見上げ、
「皆には黙っていてね・・・」
と小さく言ってきた。
そんな彼女に強い愛しさを感じた俺は、その襟元をわしづかみにして、彼女の唇を思いっきり吸った。
小枝子さんは意外にも抵抗をしなかった。
しばらく濃厚な接吻をした俺たちは、川田のうめき声で唇を離した。
何か言いたげな川田の首元を掴んで引きずり上げると、俺はそのまま、事務室のドアを開けて川田を調剤室に向けて放り投げた。
「サイバー、こいつ、表に捨てておけ!」
驚き喜んでいる彼をしり目にドアを閉めた俺は、小枝子さんの華奢な体を強く抱きしめて更に強烈な接吻を交わした。