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失態失明

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 目の前で人間が失明した瞬間に立ち会えたんだ。
 確かにこの男のリアクションはありきたりなお粗末なもので、期待していた何か新しいストーリーとは違って興醒めかもしれんが、そこは今から死のうとした人間なんだから許してやってくれ。いかんせん準備不足だったんだろう。
 でも失明するってどんな気分なんだ?
 どんな演技が相応しいんだよ。 
 吃驚するでしょう、そりゃ。半端なく。まぁこれからも生きていく予定の人間にとっては、ということになるかもしれんが。
 そうだな、俺だったらどうするかな。もし俺が同じような状況だったら……。思い直し生き続けるとして、障害者登録とか出来たら国から援助金みたいなのも出るんじゃねぇの。そしたら少しは生活の足しになるだろ。悠々自適とまではいかねぇが、新しい人生は待ってるさ。なんか趣味でも探してさ。余生を使ってとことんそれを追求しまくるとか。でも自殺未遂者にまで援助は適用されるのかな。
 どういう事情で自殺にまで踏み切ったのかはわからねぇが、何者かに追いかけられてたりとかで立場が危ないんだったら保護申請とかも出来るんじゃねぇの? 詳しくはわからんが。
 あとはここからどうやって脱出するかだよな。こんな奥深くまで入って来ちゃったら、どれだけ叫んでも誰かの耳には届かんだろう。他の自殺志願者も他人を助けることにまで神経は及ばんよ。だからといって失明したまま当ても無くヨタヨタ歩いてても体力を消耗するだけだしね。そこが問題だわな。

 ――まぁこんなところかな。もういいや、俺は行くわ。どこの馬の骨かもわからない、いつ泣き止むのかもわからない、誰にも届くことのない、届けるつもりもないそんな涙に、執着するつもりもなければヒマも愛情も何もない。
 俺もなんでこんなとこに居合わせちまったのかはわからないが、首吊りに失敗しての失明ってとこにはまぁまぁ驚いた。
 そこはネタとして頂いとくわ。
 ――でもな、もう一回死のうとするんならきっちり死ねよ。
 しっかりした木の幹を選んだら、失明したままでも一度ぶらさがって思いっきり体を揺さぶってみて強度を確かめろ。確認したら手探りでロープを探り当て、器用にしっかりと結び直せ。いいか、しっかりとだぞ。それくらいは光が無くても出来るだろ。

 次は失敗するなよ、じゃないと秋の樹海で失明したお前に残された死に方は飢え死にくらいのもんだ。凍死なんて安らかなものは今の季節では期待出来ない。

 野犬に襲われるって可能性もあるか。
 どっちにしてもあんたの性根じゃ耐え難いものばかりだろう。首吊りのほうがずっと楽だと思うぜ。
「うわああああああ! うわああああああ!」
 泣きやめよ。もうどうしようもないんだから。
「くそ! くそ! くそ!」
 うん、確かにツキがなかったわな。
「死んでやる! 死んでやる! 死んでやる!」
 お、その意気だ。
「何度でも死んでやる!」
 そうそう。
「ロープ……! ロープはどこだ!」
 足下にあるよ、うるせーな。
「ない! ない! ひいいいい!」
 そのうち見つかんだろ。
「ないいいい! ああああああ!」
 あるよ!! って叫んでも聞こえるわけないんだが。
「ない! ない! ない!」
 死ぬまでやってろ。
「うわああああああ!」
 もういい。じゃぁね。俺は消えるわ。
 空高くへと、舞い上がるわ。
作品名:失態失明 作家名:krd.k