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失態失明

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      *

「うわあああああ!」
 うるせえ!
 ――てかまぁ焦るか、そりゃ。
 首吊ろうとしたら枝が折れて失敗して、次の瞬間から目の前が闇なんだから。
 俺もそんな奴は初めて見るわ。
 神経の構造のどこがどういう風に作用してそうなったのかはわからんが意味不明だわな。まぁ確かに訳がわからん。――で、パニックってやつか。
「見えねぇ! 見えねぇよぉぉぉ!」

 見苦しい。
 でも残念だったな、死ねなくて。一大決心して頑張って首吊ったのにな。あんたが今まで生きてきた中でおそらく一番頑張ったんじゃねぇか?
 人生におけるエネルギーの最高到達点とも言うべき沸点が自殺なんだから、今まであんたが抱いてきた希望達もびっくりだな。
 過去に成し遂げてきた全ての努力や辛抱は自殺に凌駕された。
 今まで見てきたどんな夢や希望も自殺超えならず、か。
 想像力が敗北した瞬間だ。傑作だな。でもきっと新しいストーリーはこういうところから生まれるんだ。
 現にお前は死を達成出来ず、精神が錯乱した単なる生命体としてただのたうちまわっている。

 でもこのケースは不幸中の幸いと言えるのかね。命拾いはしたが、その拾った命は失明のオプション付きで、おそらく治る見込みのなさそうなもの。それはとてもじゃないが神からの情けだとは呼べるようなものじゃない。神はさらなる厳しさをもって、より深い不幸を被せてきた。慈悲による再チャンスだなんてとんでもない。
 絶望――おそらくはだが――の果てに自殺を試みたが完遂出来ず、拍子抜けしたと思ったら視界が全て闇に包まれた。
 何回瞬きしてみても、頭をいくら叩こうが、どれだけ眉間をマッサージしてみたところで同じことだ。残念ながらもう二度とその目は見えるようにならない。
 とどめをくらったようなもんだろう。

 でもこの男は果たして、万が一にも救われたというような恩寵を感じて、生き続けようという選択肢を選ぶことがあるのかね。生きる気力のない人間が、樹海のど真ん中で失明という新たな困難まで背負わされて、この先の生を編むことが出来るのか。
 ――そんなことは知らんしわからん。

 だが生きてる以上は何かしら選択しなきゃいけない。
 どうすんだ? 
 て、泣いてやがる。
 シクシクシクシクシクシクシクシク。
 まぁ辛いわな。
 これ以上ないくらいの最悪な結果だもんな。死ねなかったわ、目は見えなくなるわ、でな。
 この美しい富士の麓で、日本を代表する偉大な生命力の象徴を背にして、文字通りの背信行為だ。この樹海を漂流し、溺れ、息を引き取る。数々のドラマが生まれてきた想像力の海。そういう意味では樹海は最高の舞台なのかもしれない。密集する木々は大人しく観劇する冷静で行儀の良いお客達とも取れるし、もしくは執拗に延々と追いかけてくる怨念の権化のようにも取れる。うねうねとあらぬ方向に伸びる幹や所々で地表に飛び出して剥き出しになっている根も、呪いを具現化したように見えなくもない。
 なるほどその種の人間にとっては彷徨い甲斐がある場所と言えるわな。陶酔しやすい環境だわ。
 ざっ、ざっ、ざっ、と木の葉を踏みしめて奥深くへと歩を進める感じってのはどういう気分なんだろうねぇ。
 死刑囚が首吊り台の階段を一歩一歩上っていくような感覚か?
 いいねぇ、テレビやら映画で見たことあるわ。まさに最後は自分を主人公に仕立て上げて自己演出するわけだ。
 楽しいねぇ。オレもそういう時あるよ。
 で、方向感覚も無くなっていよいよ帰り道がわからなくなった時はどんな気分だった?
 それともあれか、死に向かって突き進んでるわけだから、振り返ったりしないのか。
 よくわからんが凄まじい推進力なんだねぇ。
 だが、失敗して、結果失明。
 絶命じゃなくて失明。
 今のあんたには観客も富士も何も見えない。
 絶体絶命ではなく失態失明といったところか。
 まさにピエロだ。
 観客達は非常に良い日に当たった。ラッキーデーだ。
 今のところは素晴らしい劇じゃないか。
 傑作だ。
作品名:失態失明 作家名:krd.k