表と裏の狭間には 番外編―後日談―
本人がいないのだ。当然だ。
でも。
私は、二人で決めても、いいような気がしていた。
お兄ちゃんは、きっと、それを受け入れるから。
そして、二人で結論を出すべきだ、と思ったのだ。
なんでかは分からない。
ただ、天啓、のようなものなのかもしれなかった。
天啓でも、神の啓示でも、なんでもいいけれど。
朝食を作りながら、そんなことを、ふと思ったのだった。
「で、話って?」
そして、善は急げ、ということで。
朝食の後、今日が休日だったこともあり、私はレンと向かい合って座っていた。
「うん。お兄ちゃんのこと………なんだけど。」
そこで、レンの表情が引き攣った。
笑顔のまま引き攣った表情というのは、案外怖い。
「紫苑の……こと?」
「う、うん………。」
その引き攣った表情、どうにかならないのかな?
「いや、うん、ごめん。」
レンも気付いたようで、ぐりぐりと自分の顔をほぐすように擦る。
「で、紫苑の話?」
改めてキリッとした表情で、問いかけてくるレン。
「うん。話しておいたほうがいいと思って。」
「奇遇だね。ボクもそう思っていたところだよ。」
と、レンは言った。
「え?レンも?」
「うん。朝起きたら、なんか話さなくちゃいけないような気がしたんだよね。」
どうやら、レンのほうにも私と同じ現象が起こっていたらしい。
「で、その内容は?」
「うん。」
お兄ちゃんとレンの結婚。
それを認めるか否か。
その結論は、既に出ていた。
「結婚、していいよ。」
「………本当に?」
レンは、『信じられない』という風に、目を見開いていた。
「ちょっと想定外だな。ボクとしては、どうやって説得しようかと考えていたんだけど。」
「……うん。私だけの気持ちを正直に言うとね。お兄ちゃんは、私だけのものにしたい。」
「知ってるよ。」
「確かに、お兄ちゃんを私のものにしたら、私は幸せになれるかもしれない。でも、お兄ちゃんは幸せになれないと思うの。」
「そうかな?紫苑は、最愛の妹といれば、幸せになれると思うよ。」
「お兄ちゃんだけじゃないよ。レンが幸せになれないじゃない。」
お兄ちゃんにとって一番大事なことが、私を幸せにしてくれることだとしても。
私にとって一番大切なことは、お兄ちゃんを、そして今は、お兄ちゃんとレンを幸せにすることだもの。
「お兄ちゃんとレンが結婚しちゃえば、二人は絶対に幸せになれるでしょ?それを眺めていられれば、私も幸せになれる。」
「………それも、本音かい?」
「それ『も』って言ってくれるのは、きっとレンだけだよね。」
他の人なら、それは建前なんじゃないか、と思われるだろう。
第一の本音は、最初に言った『お兄ちゃんの独占』なのだから。
「まあ、だから、結婚、おめでとう。」
「それは早いよ。まだボクは17歳だ。」
「結婚できるじゃない。」
「紫苑は18にならなきゃ結婚できないんだよ!?」
「…………あ。」
すっかり忘れてた。
クリスマスパーティーの準備をしよう。
と、その朝思い立ったのだ。
これもまた、神の啓示か。
虫の知らせ、でもいいだろう。
というわけで。
我が家は今、戦場だ。
「そっちは!?」
「大体終わったよ!そっちはどう!?」
「こっちもOK!!」
「じゃあこっち手伝って!!」
この広い家の中を、飾り付けて回っていたのだ。
クリスマスツリーも買ってきて、飾り付けをきっちりとする。
余談だが、外では雪が降っている。
しかも、ちゃんと積もるレベルで。
本当に地球は温暖化しているのだろうか?
「じゃ、ちょっと買い物に行ってくるねー。」
「ああ。行ってらっしゃーい。」
私は、家の中のことがある程度終わったので、買い物に出ることにした。
雪が降っているので、徒歩だ。
まあ、帰りはタクシーを拾うことになるだろう。
街の中心部に立つ巨大なショッピングモールで、食材を買う。
今夜はシチューだ。
冷えるから。
人参、じゃが芋、牛乳、小麦粉は大量のストックが家にある。
豚肉、セロリ、玉葱など。
シチューだけではない。
折角だから、ステーキも焼こう。
そのためのお肉も買う。
ステーキにかけるためのソースを作るために、玉葱や人参などを更に追加する。
クリスマスといえば七面鳥。
ただし、七面鳥は今から準備するのは不可能だ。
だから、ローストチキンでも作ろう。
骨付きの鶏肉を購入した。
ポテトサラダも欲しくなってきた。
じゃが芋を追加し、ハムとキュウリをかごに入れる。
野菜サラダも作ろうと思い、トマトやレタスを買う。
いつものドレッシングの材料も一緒だ。
それらを積み込んだかごを載せたカートは、かなりの重さになっていた。
「あと、他に買うものは……っと。」
メモを片手に、食品売り場の中を歩く。
「…………!?」
ふと、その場で固まってしまった。
食品売り場には、人が大勢いる。
その、大勢いる人の中に、見覚えのある、妙に中途半端な金髪を見た気がしたのだ。
「――ちょっと!危ないじゃないですか!!」
我に返ると、目の前で、主婦らしき女性が怒っていた。
「……あ、ごめんなさい。」
どうやら、いつの間にかカートを手放してしまっていたらしい。
「もう、気をつけてくださいね。」
女性は、そのまま買い物に戻っていってしまう。
さっきの方向を向いても、金髪なんて、見えるわけもなかった。
レジに行くと、店員さんが流石にタクシーを呼んでくれると言ってくれた。
まあ、この雪道を、徒歩で持ち帰ることの出来る量ではなかったのだ。
タクシーに乗り込み、家の場所を告げる。
タクシー会社はきちんと対策を施しているようで、雪が積もっていてもきちんと車は動いた。
することもないので、窓の向こうを過ぎ行く街並みを眺める。
「…………!?」
思わず窓に手をついて確認する。
今、窓の外を、よく見知った小柄な双子が通り過ぎていった気がした。
「………見間違い、かな?」
門を開けて、玄関の前まで車を移動させてもらう。
家の中に荷物を運び込み、料金を払う。
そして、家の中に戻ると………。
「ちょっと、量多すぎやしないかい?」
レンが呆れ顔で、そう言っていた。
確かに、私が買ってきた食材は、明らかに二人分ではない。
二人分よりも、七人分ほど多い。
「………あれ?」
よく考えたら、量がおかしかった。
そりゃ、店員さんがタクシーを呼んでくれるわけだ。
「と、とりあえず、中に運ぼう……。」
大量すぎる荷物を、玄関からキッチンへ運ぶ。
そこでは、レンが既に料理の準備を終えていた。
「って、レンのも多すぎない!?」
準備された食器や調理器具の量は、明らかに九人分の料理が前提だった。
「………あ、本当だ。」
これ、もう『世界の意思』ってレベルなんじゃないだろうか。
『九人分の料理を作れ』と言われている気がする。
「よし、作ろうか。」
「そうだね。パーティーの準備だ。」
そこで、ふと気がついた。
これ、二年前のクリスマスのレシピだ。
もう確信した。
今夜、何かが起こる。
二人の少女が、一心不乱に料理をしている。
シチュー、ローストチキン、ポテトサラダに生野菜サラダ、野菜サラダには特性ドレッシング、ステーキはソースから。
種類だけでもかなりのものだが、それらを全て、九人分用意する。
作品名:表と裏の狭間には 番外編―後日談― 作家名:零崎